温かさ
放課後の生徒会室。
机の上には大量の帳簿と書類が積み上がり、朽葉は黙々と電卓を叩いていた。
「……数字、合ってるな。」
呟いた声が静寂に溶ける。
こんな場所、自分には無縁だと思っていた。
「お疲れ、朽葉。」
低く穏やかな声に顔を上げる。
そこには副会長の**霧島 理央**が立っていた。
無造作にかきあげた前髪と、知的な雰囲気を纏う眼鏡。
けれどどこか飄々としていて、近寄りがたい冷たさはない。
「会計って地味で面倒だろ? でもお前、黙々とやるから助かるわ。」
「……別に。仕事だから。」
「素直じゃねぇな。」
理央は苦笑すると、自分の分の缶コーヒーを机に置いた。
「糖分足りてるか? ほら、ミルクティー。砂糖多め。」
「……いらない。」
「まあ、受け取っとけって。」
無理やり渡された缶を見つめる。
缶の温かさが、指先にじんわりと沁みた。
「……」
(なんだこいつ……普通だな。)
恐怖も嫌悪も、過剰な親切もない。
ただ“人”として接してくる。
「朽葉くん。」
今度は書記の水嶋紗耶が、小走りでやってきた。
丸メガネにまとめ髪の小柄な少女だ。
「これ、生徒会だよりの修正箇所です。一緒に確認お願いします。」
「ああ。」
紗耶は嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます。会計さんが入ってくれて本当に助かってます。」
頭を下げる彼女を、朽葉は黙って見つめた。
(……なんだ。ここには……普通に、ちゃんとした人間がいるじゃないか。)
自分は、誰からも必要とされない存在だと信じていた。
けれど、この二人の瞳に映る自分は“ただの道具”ではなかった。
「朽葉くん。」
背後から凛とした声。
振り向くと、生徒会長・如月紅葉が立っていた。
隙のない制服姿に冷たい瞳。
「作業は終わった?」
「ああ。」
「なら次は、この備品購入計画書に目を通して。」
無機質に書類を渡す紅葉。
一切の甘さも、優しさもない。
「副会長、書記。無駄話ばかりしてないで各自業務を進めて。」
「へいへい、会長。」
理央は笑いながら背を向ける。
「はい、会長。」
紗耶も頷いて自席へ戻った。
朽葉は缶ミルクティーのプルタブを開け、一口飲む。
甘さが舌に広がる。
(……不思議だな。)
ここにいると、ほんの少しだけ呼吸が楽になる気がした。