生徒会へ
放課後の教室。
机に突っ伏す朽葉の瞳は虚ろで、天井を見つめていた。
(……何やってんだ、俺は。)
心の奥ではまだ、親の事件の真相を知りたいという執念が燻っている。
だが、現実の前に膝をつくしかなかった。
「そんな顔をしていると、余計に陰気くさいわね。」
冷たく澄んだ声が頭上から落ちてきた。
生徒会長・如月紅葉。
整った顔立ちと、隙のない立ち居振る舞い。
その瞳はいつも通り氷のように冷たかった。
「……何の用だ。」
「迎えに来ただけよ。」
「は?」
紅葉は無感情な目で彼を見下ろす。
「会計が欠員なの。生徒会には、あなたのように無駄を嫌う人間も必要だわ。」
「……意味が分からない。」
「説明しても、理解できるかしら。」
突き放すような言葉。
けれど、その奥に僅かな苛立ちが混じる。
「あなたは事件の真相を知りたいのでしょう?
独力では限界がある。
生徒会に入れば、学園の情報網が使える。」
「っ……!」
紅葉は微動だにせず続ける。
「勘違いしないで。これはあなたのためじゃない。
生徒会のため。……私のためよ。」
「……なあ。」
朽葉は机に頬杖をつきながら、紅葉を見上げた。
「何。」
「そこまでして……なんで俺なんだよ。
わざわざ迎えに来るほど、俺が必要なのか?」
紅葉はわずかに瞼を伏せ、無表情のまま答える。
「必要、ね……。」
ゆっくりと歩み寄り、彼の机の横で立ち止まる。
「別に、あなたじゃなくてもいいのよ。」
「……は?」
「ただ、他の生徒は皆、私に逆らわない。
恐れて媚びへつらうだけ。
そんな人間ばかりで構成された組織が、果たして強いと思う?」
紅葉は冷えた吐息を零す。
「あなたのように、私に興味も敬意も持たない人間がいることで、
生徒会はより正しい決断ができる。
――それだけよ。」
「……つまり、俺はお前の道具か。」
「最初からそう言っているでしょう。」
紅葉は微笑む。
けれどその笑みには、一切の温度も甘さもない。
「でもいいじゃない。
あなたも生徒会を利用するのでしょう? 真実を知るために。」
「……」
彼女の視線は、痛いほど真っ直ぐで、嘘がなかった。
「時間よ。来なさい。」
紅葉は踵を返し、教室の出口へと向かう。
その背中を、朽葉は黙って見つめていた。
(……利用し合い、か。)
放課後の生徒会室。
静寂の中、ペンを走らせる音だけが響く。
朽葉は黙々と帳簿を確認していた。
その姿を、紅葉は無表情で見つめる。
「朽葉くん。」
凛と張り詰めた声が響く。
「……これ、今月分の備品購入予定リスト。確認しておいて。」
「え、今ですか?」
「当然です。生徒会会計としての仕事ですから。」
紅葉はきりっとした目を細める。
「まさか、これすら億劫だと?」
「いや……やりますけど。」
紅葉は一瞬だけ表情を緩めると、すぐに冷たい顔へ戻す。
「助かるわ。
無駄に言葉を費やすのは好きじゃないの。」
「……相変わらず手厳しいですね。」
「当然でしょう。私はあなたの友人でも、保護者でもないのだから。」
そう言い放ちながらも、紅葉は帳簿に視線を落とす朽葉を一瞬だけ見つめた。
(どうして……そんな無関心でいられるの?)
「……何か言いましたか?」
「いいえ。何も。」
紅葉の冷たい声が、夕暮れの生徒会室に吸い込まれていった。