翼を持たない鳥
「ターゲット補足、後300mでポイントA通過」
自分の心拍音さえ聞こえてきそうな、静まり返った夜の街。
そんな静寂を掻き消すように携帯から落ち着いた声色の女の子の声で報告が入ってきた。
その言葉に耳を傾けてビル型駐車場から顔を出す。
そうして見えたのは雑居ビル街を全力で駆ける中肉中背の男だった。
キャップのせいでよく顔は見えないけれど恐らくあの足の速さから言ってそこまで年はいってないだろう。
「見えた、全身黒ずくめのキャップ男」
「周辺に人は居ないけれど、早「わかってるって、とっとと済ませないとアイツらに鍋のシメ全部食べられる!」」
携帯から聞こえてくる言葉を遮って駐車場から身を乗り出す。
今、俺が居るのが5階。
ここから飛び降りればひとたまりも無いのは、火を見るに明らかだ。
心臓がさっきよりも早く動く。
この瞬間はいつも緊張する。
そうして俺は天に身を任せるように
空に向かって飛んだ。
突風に流されないように手足を広げて、大の字になって空中を滑空する。
そしてポイントAに向かってくる男を目標にコースを定め急降下した。
「はぁーい!そこのお兄さん止まってー!」
「うおっ!?」
全力疾走していたせいで前にしか意識が向いていなかったのか、上から降りてくる俺には気付いてなかった様だ。
少し足をもたつきながらも着地した。
その瞬間に男はナイフをジャケットのポケットから取り出して俺を目掛けて振り下ろしてきた。
「あっぶな!」
掠りそうになりつつも避けて、男と距離を取る。
「いきなり切りかかってくるな!危ないだろ!」
「急に空から降ってくる奴に言われたくねぇよ!!」
むぅ、確かにその通りだけれど納得いかない。
ナイフで切られるのと着地でぶつかるのとじゃ危険度が全然違うだろうに。
「空から降ってくる上にその腕章…お前自警団のメンバーか」
「そう、自警団ネスト。聞いたことあるでしょ?」
「あぁ、同じ犯罪者の癖に英雄視されるカスが」
「はぁ?」
煽り耐性低すぎない?とか言われそうだけどどうでもいいわ。こいつ絶対泣かす。いい年して泣かす。
「お前らと違って俺達は自分の利益の為だけに誰かを傷つけたりしないんですけどぉ?歳の割に区別も出来ないほど学がない様でご愁傷様。」
「うるせぇ、クソガキ!!」
そんな低クオレスバをしていると男が距離を詰めようと走り出す。
というか、一々声がでかいんだよなこいつ。
もし誰か来たらどうするんだよ。
そんなことを考えていると男がナイフを俺目掛け振りおろす。
それを避けた。
──その瞬間、ナイフの頭身から光が漏れ出し俺の頬を掠めた。
「っつ!?」
一瞬だがその熱さに苦痛の声が漏れ出す。
ヒリヒリとした痛みを左頬に感じる。
この感じ、火傷…?
「思ったより自警団も大したことねぇな」
「今の光…いや電気か」
「そうだ、俺の能力は電気を自在に操れるんだ!
スゲェだろ?」
「いや、別に」
「痛くて声上げてたのにか?内心ビビってるくせに」
ペラペラと自分の能力を喋る馬鹿のうざったい煽りに苛つきが止まらない。
…そろそろ終わらせるか。
「悪いけどあんた、既に負けてるんだよ」
「はぁ?負け惜しみか?
もう邪魔だからとっととくたばりやがれ!」
ナイフが振りおろされるその瞬間、男の手足がありえない方向に曲がる。
「っああああああ!?」
あまりの痛みと自身の折れ曲がった手足という悪夢のような光景に男は思わず絶叫する。
「だから言っただろ?あんたはもう負けてるって」
「──っっっ!」
痛みで喋れないのか、男は俺を泣きながら睨みつけている。
そして先程電撃を喰らって火傷していたはずの左頬が既に治っているのを見て、目を思わず見開いた。
「強盗の上に人を殺してるんだ、死んでないだけありがたく思いな。」
「…っどうやってぇ?!」
「自分の能力ペラペラ喋るバカな真似する訳ないだろ。」
『[朱雀]、そろそろ警察が来る』
携帯越しにタイムリミットを告げられる。
「相変わらず手際がいいことで、それじゃあ後処理しときますか」
「な、何をする気だ!」
「なーに、ちょっと悪い夢を見るだけさ」
「や、やめろ!誰か!誰か助──」
────────
10年ほど前、とある事件が起きた。
民家への放火という言ってしまえば如何にもありきたりな事件。
しかし、それは余りにも世界に与えた衝撃が大きかった。
放火犯が使ったのはマッチでもバーナーでもなく
自身の体から放たれる炎だった。
まるで漫画やアニメのような能力者の登場で世間のニュースは埋め尽くされた。
だがそれは始まりでしかなかった。
その事件を皮切りに世界中で能力者が現れ出した。
能力者の中には自分とは別の記憶を持つ者まで出現し、その能力者の証言やこの世界に無い技術。
そして、今までただの理論でしかなかった並行世界からこの世界へと通信が一方的に入ってきた。
「別世界の私達よ、君達はどこの世界達と繋がった?」
それらを持ってこの世界は並行世界の存在、また能力が並行世界よりもたらされた物だということを認めざるをえなくなった。
人々はその能力の出自から能力者を並行同位体と呼ぶようになった。
そんな突如現れた能力者達に世界の対応は追いつかず、治安は一気に悪化した。
それから数年の時が経ち、法整備等がなされ法によりある程度の治安の改善は見られたが警察は依然、能力を悪用するパラノイドに手を煩わせていた。
ただし自由に振る舞う悪が居れば反対に、そうした悪を憎む者もいる。
彼らは独自に組織を作り、自分達で家族を、街を、守り始めた。
こうして世の中には多くの自警団が現れ、世界は絶妙な均衡の元、社会が保たれるのであった。
───────────
数分後、警察が到着するとそこには強盗殺人の指名手配犯が倒れていた。
手足を縛られ、足を縛っていたロープには指名手配犯の男の能力について詳しく書かれていた。
そうして犯人がパトカーへと詰め込まれる。
その光景を見届けた朱雀と呼ばれていた少年は、空に飛び立ちどこかへと去って行った。