業は巡って
雨が止む気配のない夜、翔太は東京の巨大な高層ビルのエントランスで一息ついていた。ネオンが雨に反射し、街全体がぼんやりと輝いて見える。彼はブラック企業での過労と低賃金に耐えかね、退職をしたものの途方に暮れていた。会社を辞めてから、彼は日々の生活に追われるばかりだった。
「こんなこと、もう続けられない」と思いつつも、どこへ行けばいいのか、何をすればよいかも分からなかった。窃盗を考えたこともあったが、実行に移す勇気はまだなかった。
「働きたくない…」
そう呟いた翔太はふと非常階段の方に目をやり、その暗がりへと足を踏み入れた。階段を上ると、そこに一人の中年女性がいた。髪はぼさぼさで服も汚れている。しかしなぜか手には小綺麗な財布を持っていた。
「何をしているんですか?」と翔太が尋ねると、彼女は振り向きもせずに答えた。「生活のためだ。この拾った財布をから中身を抜いて財布自体はどこかに売ってやろうと思ってね」
「でも、それって……」と翔太が言いかけると、彼女は強い目で彼を見つめた。「だからってこのまま野垂れ死ぬわけにもいかないだろう…?」
彼女の言葉に、翔太は心を動かされた。人生の転機というやつは案外単純なものだ。翔太は生き延びるためにはもっと自分本位で良いのかもないと思った。そして彼は、ふいに彼女のリュックサックを奪い取る決意を固めた。
「ごめんなさい」という言葉も思い描かなかった。翔太はそのリュックを掴み、財布を奪い、彼女を蹴飛ばした。翔太はゆっくりとビルの非常階段を下りた。雨はますます激しく降り続けていた。
翔太の姿は闇の中へと消えていった…
一二日午前八時半ごろ、和歌山県海南市下津町上の「竹中商店」で、近くに住む店主の竹中翔太さん(三六)が頭から血を流して倒れているのが見つかった。翔太さんは頭部の三カ所に傷や骨折した痕が確認され、病院に搬送されたが死亡が確認された。店内から少なくとも現金約五万円が奪われた形跡があり、和歌山県警は強盗殺人事件として海南署に捜査本部を設置した。竹中さんは地域住民の方から非常に愛されており経営していたリユースショップも繁盛していた様子だった。