第1章 望みは、ひとつ 5
夕食の後、ミーシャは、ユリウスの姿を探した。
姉の泣き顔が、頭に浮かんでは消え、とても食事どころではなかった。
それにしても、彼らのポーカーファイスは、大したものだった。
何事もなかったように微笑みを絶やさないシーナとユリウスは、全く普段通りだった。
ミーシャにしてみれば、リセイは、心を囲う鉄格子のようなものだ。
不自然なものだと思う。
ミーシャは、屋敷の中庭を抜けると、奥にある噴水へ向かった。
そこは、ユリウスのお気に入りの場所だということは、ミーシャだけが知っていた。
月の女神ヒメロが抱えた水瓶からゆっくりと流れ落ちる滝の向こう側に青年の姿が、目に入った時、ミーシャは、ほっとした。
月を見上げる表情が、ゾッとするくらい冷たくとも、青年は、ミーシャの親しんだ幼馴染であることに変わりはない。
いや、これが、彼の本当の姿なのかもしれない。
不思議なことだが、一度認識してしまうと、ミーシャのとってのユリウスは、優しい幼馴染ではなく美しい乙女の愛を得たいと苦悩する青年に変わってしまった。
「森の神アロンの話をしてあげる。」
突然、発せられた言葉にユリウスは、驚いたように振り返ったが、ミーシャと見止めると、表情を緩めた。
「ミーシャ。こんな時間にどうしたんだい。」
ミーシャは、冷たい表情を柔らか仮面で覆ってしまった青年を半ば呆れたように見つめた。
彼に対して、多少の怒りを感じた。
ずるいと思った。
「聖女エルサに恋した森の神アロンは、彼女が眠っている間にこっそりキスをしたの。最初は、一度だけのつもりだったわ。どんなに想っても神と人間は、一緒にはなれないから。」
「ミーシャ?」
立ち上がって近づいてきたユリウスは、戸惑ったように少女を見つめた。
ミーシャは、内心、なんだか可笑しかった。
いつも冷静で優しいユリウスが、困っている。
自分が、彼の心にさざ波を立てているのだ。
「一度のつもりが、二度になったわ。ずっとそばにいて、笑っていてほしいと思うまでになってしまったの。恋の情熱かしら。抑えきれない願望を持ったの。」
「何の話をしてるんだい。」
硬く響いた声は、ミーシャが今まで聞いたことないものだった。
「私だって、いつまでも子供じゃないの。ユリウスが、誰を見ているかなんて、もうとっくに知っているんだから。」
「ミーシャ、君は・・」
ミーシャは、かまわず続けた。
ユリウスが、自分を見てくれている。
胸とお腹が、かあっと熱くなって、まるで自分以外の誰かが、言葉を紡いでいるようだった。
「想いを抑えきれなくなったアロンは、ある日とうとう、エルサに胸の内を打ち明けるの。でも、エルサは、拒絶したわ。どうしてだと思う?」
「エルサが、アロンを愛していなかったからだろう。もうやめてくれ、ミーシャ。シーナになんとも思われていないことぐらい、僕が一番よく知っている。僕は、何も壊したくないんだ。」
ユリウスは、苦々しげに言った。
ミーシャは、小さくため息をついた。
我慢して、気持ちを押し殺すなんて、変だ。
うんざり。
ミーシャは、目を逸らしたくなかった。
「もう遅い。なにもかも。あなたは、姉様を愛してしまったの。巫女になる姉様を愛してしまった。だったら、覚悟を決めて。何が何でも姉様を手に入れて。」
一気にまくし立てたミーシャは、呆然と佇むユリウスに背を向けて走り出した。
ヒメロ
月の女神




