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王子の親友  作者: haregbee
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第1章 望みは、ひとつ

聖花暦1986年、王都アース


忍び寄る暗黒の影に気づいている者は、まだいない




青い花柄のドレスを着た少女が、濃茶色のおさげ髪を揺らしながら、廊下を急ぎ足で歩いていた。


その朝、ミーシャ・マルケウスは、不機嫌だった。


昨夜の夕食に出た鱈が古かったせいか、胃がむかむかしていたし、櫛で髪を梳かしていたら、15回も引っ掛かった。


しかし、何より腹立たしいは、昨夜、嫌なものを見てしまったせいに違いない。


眠れないから、姉の部屋に行くなんて、子供じみた真似をするからだ。


ミーシャは、己の軽率さを忌々しく思いながら、足を速めた。





食堂に入っていくと、長テーブルには、ミーシャ以外の全員が揃っていた。


窓の外の爽やかな陽気と対照的な食堂の息苦しい空気は、テーブルの上座に座っていた初老の男のせいだろう。


ミーシャは、朝から剣呑なオーラを発している父親、ファジオン・マルケウス侯爵に微笑んで見せたが、皺の刻まれた顔に灰色の口髭をたくわえた男は、朝食に遅れてきた娘を見ると、不愉快そうに眉を寄せただけだった。


侯爵は、ミーシャが席に着くのを見届けると、重々しい口調でお祈りを始めた。



長い祈りの後、食事が始まると、ミーシャは、侯爵の左隣に座っているジョセフィーヌ・マルケウス侯爵夫人に目を向けた。


真紅のドレスに映える栗色の髪は、今日も艶やかであった。


とても40歳には見えない美貌の侯爵夫人は、気難しい夫に従順な妻である。


ミーシャは、美しい母親を自慢に思っていたが、彼女からはっきりとした愛情を示された記憶はなかった。


気品溢れる侯爵夫人は、社交界の花だったが、子供にはあまり興味がないようだった。


しかし、美しいものは好きなようで、姉のシーナと話している姿は、よく見かけた。


侯爵の右隣に慎ましく座っているシーナ・マルケウスは、母親に引けをとらない美貌の持ち主である。


波打つ髪は、赤味がかった金色で、母親譲りの青い瞳は、見る者を虜にする宝石のような魅力を宿していた。


侯爵夫人は、美しいシーナと並ぶことを好み、よく二人で社交パーティーへ出かけていたが、ミーシャは、一度も連れていってもらえたことはなかった。


それでも諦めきれないミーシャは、いつか微笑みかけてくれるのではないかと侯爵夫人を見つめ続けていたが、今日も彼女はミーシャに目もくれなかった。


代わりに向けられたのは、侯爵の厳しい眼差しだった。


「朝食の時間は、守りなさい。」


侯爵は、低い声でミーシャをたしなめた。


すると、ミーシャは、ぱっと顔を上げた。


反省しているというよりは、何か悪だくみしているような顔つきだった。


「ねえ、父様。風の神ファロンと雲の女神ラシューの馴れ初めの物語を覚えていますか?」


侯爵は、返答せず咳払いをしただけだったので、ミーシャは、続けた。


「聖天暦3年のことでした。春の日差しが暖かく、気持ちよかったので、寝過ごしてしまったラシューは、神々の式典ポピウに遅れそうになりました。エメラルドの髪をなびかせて走るラシューは、それは美しかったのでしょう。彼女を見たファロンは、一目で恋に落ちました。彼は、ラシューを自分の背に乗せると、突風を吹かせて、式典の会場まで連れていってあげました。」


うっとりと目を閉じた娘を侯爵は、苦虫を噛み潰したような顔で見つめた。


「何が言いたい。」


実際、彼は、いつも神話に読み耽っていて、何を考えているのかよく分からない末の娘が、苦手だった。


「あら、お父様。私は、ファロンを待っていましたの。」


「つまり、寝過ごしたといいたいのか。」


侯爵は、まことにけしからんという表情を作った。


「そんな風に言ってしまったら、つまらないと思います。」


ミーシャは、いたずらっぽく微笑んだ時、ミーシャの隣に座っていた青年が、くすりと笑った。


淡い金髪が朝の光を浴びて輝き、ミーシャは、目を細めた。


昨夜、月光の下で見た顔とは、似ても似つかない。


「それで、君のファロンに会えたのかい?」


青年は、手にしていたティーカップを置くと、はしばみ色の瞳で、ミーシャを覗きこんだ。


「今日は会えなかったわ。」


「それは、残念だったね。でも、仕方がない。今日は、風が強いからね。ファロンは、忙しかったのだろう。」


「でも、森の神アロンを見たわ。」


「アロンは、どんな神様だったかな?」


青年が質問した時、侯爵が咳払いをした。


「ユリウス。私が君だったら、食事中の不必要な会話を控えるがね。」


「はい。ファジオン様。」


ミーシャもそれ以上何も言わなかったが、柔和な笑みを浮かべて返事をしたユリウスと大人しく食事をしている姉のシーナを交互に眺めると、小さくため息をついた。


ミーシャ・マルケウス

マルケウス侯爵家の次女・15歳


シーナ・マルケウス

マルケウス侯爵家の長女・18歳


ファジオン・マルケウス

マルケウス侯爵・55歳


ジョセフィーヌ・マルケウス

マルケウス侯爵夫人・40歳


ユリウス・ラッカ

マルケウス侯爵家の聖騎士・19歳


ファロン

風の神


ラシュー

雲の女神


アロン

森の神





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