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王子の親友  作者: haregbee
11/12

第2章 巫女の書簡


親愛なるマーティン・オルコット殿


暑さが日ごとに加わってまいりますが、いかがお過ごしでしょうか。


あなたの故郷は、南だと聞いたことがありますけど、きっとアースよりも暑いのでしょうね。


私は、とても元気です。


正式な巫女になって、かれこれ三カ月経ちますが、白磁宮の生活にもやっと慣れてきました。


三か月も手紙を書けなかったのは、本当に目まぐるしいほど慌ただしかったからです。


でも、あなたも連絡を寄越さなかったのだから、おあいこです。


あなたは、田舎での本に埋もれながら、のんびりしているのかしら。


それとも、一生懸命お父上のお手伝いをしているとか・・・あまり想像できないわ。


私は、とても真面目に巫女の仕事をこなしています。


どれくらい真面目に生活しているのかお知らせるために、私の一日をざっと説明しましょう。


朝は、四時に起きます。


マルケウスの家で八時の朝食の時間にも間に合わなかったネボスケな私が、毎朝四時に起きているなんて、信じられますか。


実は、私もまだ信じられません。


朝靄のかかったスミレ色の空にぽっかりと浮かんだ丸々とした白い月を見ると、なんだかまだ眠っていて、夢でも見ている気分になります。


カーテンの隙間から月を見上げていると、部屋のドアがノックされる音が聞こえます。


返事をすると、三人の女官が入ってきます。


一番年長のエミリアは、金色の巻き毛と紫色の瞳を持つ美女です。


とてもさばさばした性格で細かいことを気にしないので、とても付き合いやすい女性です。


白磁宮に配属される前は、財政庁で帳簿係をしていたそうです。


財政庁から神殿に転属させられるなんて、不思議な話です。


エミリアは前の職場のことをあまり話したがらないので、詳しく聞いたりするつもりはありません。


それよりも、エミリアはとても計算が早くて、自然科学的な分野にも造詣が深いです。


夜空に浮かぶアガサのハープから流れ星がこぼれる日付を計算してくると約束してくれました

中央学院にいた時は、自然科学は苦手だったけれど、エミリアのおかげで好きになれそうです。


多分、エミリアは、あなたや教授達みたいに私の理解が遅いからといって、ガーガー怒鳴らないからでしょうか・・・別に恨んでいるわけではありませんよ。


二人目の女官は、シルビーといいます。


年は、私よりも一つ上です。


シルビーは、少しぽっちゃりしていて、漆黒の瞳をしています。


東方系の顔立ちと表現したら、想像できるでしょうか。


口数が少ないので最初は嫌われているのかと思うほどでしたが、ただ緊張していただけだと判明しました。


話してみると、とても優しい子です。


人の話に熱心に耳を傾けて、心のこもった言葉をくれます。


シルビーほど聖職者にふさわしい人はいないのではないかと思っています。


シルビーは、時々、異国の歌を歌います。


月が出ている晩に歌います。


彼女と私の部屋は、隣同士なので、透き通るような歌声がよく聞こえます。


彼女の歌を聞いていると、涙がこみ上げてきます。


悲しいわけではないけれど、心のドアがどんどん開いて、そのまま泣いてしまいます。


私は、彼女に聖職者でいてほしいけれど、彼女が故郷に帰ることができるいいのにとも思います。

これが、いわゆる矛盾というものなのでしょうか。


昨日、シルビーが肌身離さず持ち歩いている小さな巾着袋を拾いました。


巾着袋には、異国の言葉が赤い糸で刺繍されていました。





もうシルビーに返してあげましたが、たしか、こんな文字でした。


シルビーの本当の名前なんじゃないかなと予想しています。


私は、シルビーを本当の名前で呼んであげたい反面、それを口にするのがとても怖いです。


やっぱり勇気がありません。


私は、優しい人間ではありませんね。


しんみりしてしまいましたが、気を取り直して、三人目の女官について話しましょう。


彼女は、マリは、とても陽気な女の子です。


栗色の髪と同じ色の瞳は、いつも楽しくてたまらないという様子で輝いています。


年は私と同じです。


噂好きで、王宮で一番ロマンスのゴシップに詳しい子だと思います。


昨日の昼食に顔を出さないと思っていたら、ジャガビー伯爵とウェッジ未亡人の関係の審真偽を確かめるために王宮劇場の前で五時間も張り込んでいたそうです。


よくもまあ、他人の生活にそこまで関心を持てるものだと感心します。


ちなみに、午前中のお勤めをさぼったマリは、バナッシュ神官長に大目玉を食らい、一週間、礼拝の広間の床磨きをさせられることになりました。


自業自得ですが、ちょっと可哀想なので、時間が空いたら、手伝ってあげようと思っています。


この間、初めてやってみましたが、雑巾絞りってなかなか楽しいんです。


思いっきり力を入れると、よじれて、水がしたたり落ちるのを見るのは、愉快です。


これを言ったら、マリに呆れた顔をされました。


マリにいわせると、私は、『屈折』してるそうです。


ブサイクだといいたいのでしょうか。


エミリアに意味を聞いてたら、エミリアはマリを叱りました。


マリは、泣きそうな顔になったので、私は反省しました。


私は、マリと仲良くしたいので、マリに言われたことをエミリアに話すなんて馬鹿な真似はもう二度としません。


涙ぐんだマリの顔を見た時、そういうことをするのは、フェアじゃない気がしたのです。


ともかく、彼女達に手伝ってもらって、私の一日は始まります。


まず、清めの水浴びをします。


今は夏だからいいですが、冬場の水浴びは想像するだけで恐ろしいです。


水浴びを終えたら、着替えとお化粧をします。


私もとうとうコルセットを着なければいけなくなりました。


マーティン、あなたはもちろん、コルセットなんて、知らないでしょうね。


コルセットは、ウエストを細く見せるためのものです。


マリがいうのは、もう一つは、女性のある部分を強調するためのものだそうですが、今のところ、私には関係ないそうです。


胴回りに合わせた骨格がレースで覆われていて、チクチクします。


ウエストの部分から取り出される紐でぎゅうぎゅうに絞られます。


あれは、人類が作った最も忌まわしいものの一つではないかと思います。


朝はまだ我慢できますが、昼食を食べた後は、最悪です。


うっかり食べ過ぎると、それこそ、私が破裂してしまうんじゃないかというくらいに窮屈です。


私の胸をこれでもかと締め付けます。


ユリウスに恋している時ですら、私の胸はこんなに痛みませんでした。


全く、恐ろしい代物です。


エミリアは、すぐに慣れるといいますが、私は疑っています。


マリは、コルセットを焼き払った女性の話をしてくれました。


マリの話は、いつも愉快です。


もしも、私が巫女でなかったら、その女性と一緒にコルセットを焚火にくべていたことでしょう。


まだ誰にも言っていませんが、マーティンにだけは打ち明けます。


もし、私が立派な巫女になったら、月の女神ヒメロにコルセットをつけなくていいかどうか質問してみるつもりです。


ザイオンではだめなのです。


お分かりかと思いますが、男性である彼は、多分、コルセットの恐怖を知らないと思うので。


そうそう、ヒメロといえば、彼女はザイオンを虜にするほどの美貌の持ち主だってこと、覚えていますよね。


私もヒメロとまではいきませんが、お化粧をするようになってから、なかなかの美少女です。


今、笑ったでしょう!


いいわ。


笑えばいいのよ。


皆にちやほやされているから、天狗になっているわけじゃないの。


ただ、白磁宮で礼拝に訪れる人々に遠慮なくじろじろと見られている内に自分でもなんとなく美しい姿を見せなければいけないと思うようになったわ。


私も少しずつ巫女らしくなってきたのかしらね。


重くて裾が長い純白の衣装に着替えたら、神官達と一緒に朝食を食べます。


そしたら、さっき言ったけれど、白磁宮の礼拝の間で、三時間お祈りをします。


微動だもせず、ずっとザイオンのことだけ考えているのは、なかなか大変だけど、結構慣れてきました。


マリとお喋りする時みたいにザイオンに話しかければいいのですもの。


私は、空の覇者にきっと楽しい時間を提供していると思います。


貴族が訪問する時だけ、個別の礼拝室でお祈りをしたり、話を聞いたりします。


午前中のお勤めが終わったら、昼食を食べて、二時まで休憩時間です。


休憩時間といっても、お祈りの復習をさせられたりするので、あまり休めませんが。


今日は時間が取れたので、あなたへの手紙を書いています。


書きたいことが多すぎて、混乱しているので、変な文があるかもしれませんが、気にしないでください。


二時になったら、勉強の時間です。


ほとんどが、一般教養とマナーと神話についてです。


神話についてはもう知っていることばかりなので、あまり大変ではありませんが、一般教養とマナーは、かなり難しいです。


教師達は、私が大貴族マルケウス家の娘だということが驚きのようです。


でも、仕方ないですね。


さぼってきたこと全てがわが身に返ってきただけのことだもの。


夕食の後は、前巫女であるガブリエル・アガサ様から教義を受けます。


銀色の髪をした痩せた女性です。


教義は、昼間に教師達から受ける授業の内容とあまり変わりません。


こういってはなんですが、私にはガブリエル様という人間がちっとも見えません。


巫女とは、そういう存在なのでしょうか。


だとすれば、少し悲しいです。


白磁宮の人達は、神々を見ているというよりは、それをあがめる人間を見ています。


それって、少し失礼だと思いませんか。


青い空を見上げれば、ザイオンが私達を見守ってくれていることを思い知るし、風が吹けば、ファロンを身近に感じます。


耕す土に作物が実る時や雨が降って水不足の心配がなくなった時、人々は、そこに神々の尊い存在を感じるのではないでしょうか。


ムトスの人々は、ちゃんと分かっているような気がします。


最近、また北方が騒がしいようで、貴族達の出入りが多くなりました。


マリが呼んでいるので、行かなければなりません。


また、手紙を書きます。


体に気をつけてください。


あなたの親友、ミーシャ・マルケウスから愛を込めて


アースの白磁宮にて


恋愛になるのか、先行きがかなり不安です。

ぼちぼち頑張ります。


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