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転生ヒロインの悲喜交々

転生ヒロインは世知辛い世の中に泳ぎ出す

作者: とも

 桜の花びらがひらひらと舞う姿は美しい。



 この世界、一年の始まりである第一期は季節的には冬、ニッポンでは1月くらいの気温にあたる。

 学校の始まりは二期。季節は春である。

 この国には四季があり、地球の地理的には温帯にあたる。

 余所の国は北方の国だと寒帯、南方の国だと熱帯相当。地理学で習った内容が正しければ。

 ただ単に北の方にある国は寒い、南の国は暑い、くらいしか教えて貰わなかったけどね。

 家庭教師から漏れ聞いた内容や、あちこちの国を股に掛ける商人に聞いた内容から推測した限りだけど。


 自分が前世読んでいたマンガ(@乙女ゲームコミカライズ)のヒロインに転生した似非ヒロインだと気付いてから幾星霜。

 本日はオーリック歴三十年、第二期の初日。うれし恥ずかし王立学校入学式典の日である。


 いやー、絶対フラグ折るマンと化してからえっちらおっちら頑張ってきたのだけど、学校への入学、平民から貴族へのジョブチェンジは避けられなかった。無念。


 ちなみに「○○歴」は、昭和・平成などと同じく王が替わるたびに年号が変わる。

 統一歴で言うと3058年。「統一歴」は、諸外国と文字通り統一された年号であり、西暦と同じ扱い。

 つまり、この世界全体での年号は「統一歴3058年第二期一日」であり、現在の王様の在位は32年目ということ。なお、オーリック陛下は50代半ばのイケオジです。


「メルシエ侯爵家アメリー様。ご案内申し上げます」

「ありがとう。よろしくお願いいたします」

「畏まりました。僭越ながらお手を取らせていただきます。お足元にお気を付けください」

「お手数をおかけします」


 控え室に通されてから既に1時間程経っている。

 用意されたお茶を飲み過ぎるとご不浄的な障りが怖いので、喉を潤す程度にしていたのだが、ようやくだ。

 早速上級生の案内係に手を取られ、入学式典が執り行われる講堂に移動する。

 講堂への入場は地位が下の者から行われる慣例のため、平民の新入生から始まり、侯爵家の順番がまわってくるまでには時間がかかってしまうそうな。案内役の上級生に謝罪された。ご苦労様です。


 上位貴族の内でも取り分け上位にあたる公・侯爵子女の席は2階席中央にある。

 平民・下位貴族と横並びはセキュリティに問題ありということなのだろう。

 現状、式典終了前だから、正確にはまだ入学していない、とされている。だから学校理念で謳われている、名目上の「平等」はまだ適用されない。


 王子殿下は最後、というか挨拶のため別口で控え室に居られる筈だ。

 私の後は着席順で侯爵子女の級友予定令嬢が1名、特別科に在籍の侯爵家の男女双子、公爵子女のライバル令嬢の計4名。

 こう見ると、養子となったメルシエ家は侯爵位の中では、下の方にあたるんだな。


 ちなみに公爵家は3家ある。先王の弟君と、現王の兄、弟君のお家。

 先王弟と現王兄は妻子あり。

 現王弟は独身で、攻略対象及び隠しキャラである。1周目ハッピーエンドしたら、2周目以降選択可。やばい。念のため近づかんとこ。

 なお、先王弟と現王弟は継承権放棄済み。現王兄のみ継承権保持。


 継承権持ちの現王兄公爵のお子様は二人姉弟で、どちらも現王家の王子様方より年下なので継承権争いは今のところ予兆さえ無い。先王兄のご子息は継承権ありだが順位は低い。上から現王子息、現王兄、先王弟、現王兄子息、先王弟子息の順。この辺はちょっとニッポンの皇室とは違うみたいだな。後はもっと遡った王様兄弟やその子弟。男女の別は無い。女王も可。

 私と同学年になる王子様は第三王子殿下で、婚約者にあたるライバル令嬢は前王弟のところの娘さんだから王子様との続柄は従妹。

 王太子殿下のところは同盟国の王女様が既にお輿入れされていて、第二王子殿下は辺境伯家令嬢が婚約者とのこと。

 王太子殿下と第二王子殿下は対外的に組まれた縁組みで嫁取り、第三王子殿下は国内の結束を高めるためにも公爵家に婿入りということになっていると。


 以上、攻略サイト掲載情報より抜粋。




 案内されるまま座り心地の良い、柔らかい座面の椅子にそっと腰掛け、1階の様子をそっと伺う。

 平民の子達の椅子は全面木製じゃん。お尻痛そう。


 マンガの第一話、冒頭部分を思い出す。


 学校に到着後、恭しく侍女に手を引かれ馬車から降り立った際、手続きをするからそこで待つように、と言われていたにも関わらず、「ここが学校かぁ。うふふ楽しみ」などとお花畑な頭でふらふらと歩き回り、王子様と遭遇。面識を得る、といった出だしであった。


 ありえーーん。待てと言われたなら待っとけよ。


 担当侍女さん、焦っただろうなぁ。きっと罰が与えられただろう。可愛そうに。

 こんな出来事もあったから、きっと家での印象も悪く、伴い扱いも悪くなったのだろう。それに気づいた描写は皆無だったけどさ。

 なおマンガの侍女さんに名は無かった。顔も覚えていないので、本日一緒にここへ来た侍女さんと同一人物かは不明。


 無論私は大人しく待ってたよ?だから順当に控え室に通され、王子様との面識は無い。


 もう一つ、配属されるクラスもマンガとは別だ。

 目出度く淑女科上位クラスに配置されたのだ。

 スカートの陰でそっと握りこぶしを作る。なんて喜ばしい。義父母も喜んでいた。家庭教師の皆様も面目躍如たる物があっただろう。やれやれ、良いことである。 



 さわさわとわずかなざわめきが聞こえるが、前世の学校の入学式のような浮かれた雰囲気はあまり感じられない。流石お行儀の良い、よく躾けられた貴族の子供達が大多数なだけある。可愛そう?に、平民の子たちは緊張のあまり青ざめてるけど。


 なお、前世の入学式とは違い父兄の参加は無い。

 新入生、世話係などの役職を持った上級生、教員等職員、以上である。

 以上ではあるのだが、当然ながら職員の数が段違いだ。この学校には貴族の子息・子女がごろごろ居るのだ。しかも嘴の黄色い子供ばかり。きゃいきゃいと群れる子供の警備はさぞ大変だろう。護衛官の数が半端ない。

 マンガやゲームでは語られていないが、入学式では主立った護衛官の紹介もあった。「ここで見た人以外にはついて行っちゃ駄目よ」と言うやつだ。


 侯爵以上は侍女、侍従といったお付きの人間を1名から2名程伴う許可が出ているのだが、伯爵以下には許可されていない。許可しちゃったら出入りする人間が膨大な数になるからね。

 その代わり、護衛官が建物の随所に配置されている。 

 こんな所もマンガやゲームでは端折られているんだろうなぁ。

 ちょっと考えてみると納得だ。一人二人誘拐されただけでどんな大事件になることやら。


 警戒心弱々の子供達が大勢、至る所できゃぴきゃぴわいわいしているのだ。

 金目当て、異なる派閥に属する親への脅迫目的、反社会勢力によるテロリズムなどなど、危険要素はてんこ盛りである。

 全て各家で対処しろ、というのも無理があるため派閥や家、親の属する職種等に影響されない、学校直属の護衛官というのは必要不可欠なのだろう。


 ちなみに護衛官は騎士っぽい制服を着用している。

 みんな同じに見えるのだが、紹介された20名程は腕章を着けていて、直接声がけが許されているのはこの人達が望ましいとの指示があった。

 他の護衛官は主に歩哨である。現に講堂の入り口や各階の通路に数名、配置されているのがわかる。

 何かあったらまず腕章を着けている人に声がけ及び報告を推奨。見当たらないときは同じ制服着用者でも可、とのこと。合点承知である。頼りにしてるよー。


 ゲームやマンガみたいに、警備面も含めた学生の自治なんて無理よ。

 大人の目や手が無いと、どんなに危険なことか。そして何かあった時のため、大人達がどれだけ保身に躍起になっていることか。

 現在の学校長はマンガと同じく現王の弟君、王位継承権は返上し、絶賛独り身を謳歌しているらしい青年である。


 学校長がへらりと、どことなく緩い笑みを浮かべて挨拶を終える。内容はよくある「おめでとう」やら「これから貴族子女として、社会の一員を担うべく」などなど。前世でも聞いたことのある内容だった。

 続いて現生徒会長という、きりりとした印象の女性。ほえー。美人。

 最後に攻略対象の王子殿下。きらきらしい。煌びやかなエフェクトが見える気がする。幻だが。

 ふと横に目を滑らせると、同じ並びにライバル令嬢の姿もあった。あれきっとそうだ。だって金髪縦ロールだもん。メタいな。


 なんとも言えない気分で王子様の顔を見つめる。

 今の今まで、二次元の絵面を元に、不幸と思える未来を倦厭して回避しようと躍起になっていた。

 その二次元が目の前で実際に動いていて、当然ながらマンガやゲームの絵ではなく、三次元で!立体で!ちゃんと現実的な目鼻立ちに落とし込まれて!動いているのだ!!




 なんかこう、気持ち悪い




 これに尽きる。

 なんとなく、なんとなーーくだが、実物を見るまで、ネズミさん印のなんちゃらマーメイドやら雪の王女様やらキュアなんちゃらのEDでぬるぬる動くキャラクターを想像していたのだが、ちゃんと「人間」だった。

 いや、自分の顔はもちろん三次元だから納得?はしていたのだが。


 教室の絵面とかイベントの情景とか、頭の中はマンガだった。

 キラキラエフェクト舞ってて、なんなら音はオノマトペで書き文字だった。止め絵というべきか。

 それがこう、リアルに迫ってくるというか。ハリウッド映画化されたマンガをスクリーン越しに見ている気分というか。


 現実感ないなぁ。


 ため息をついて空を見上げるが、目に映るのは講堂の天井。

 こんな時は青空眺めて現実逃避したかった。


 もう一つため息を吐いたとき、王子のお話が終わったので周りに合わせて拍手を送る。

 お近づきにはなりたくない。切実に。








 なんて考えていたのに、ご招待を受けた茶会で目の前に笑顔の王子殿下。

 なんでやねん。


 全学年の高位貴族を集めた懇親会とやらに招待されてイヤイヤながら足を運んだところ、同学年の5名がまとめて同じ卓に着かされてしまい、こんな状況となっている。

 婚約者様と一緒に別の卓行きなよー。王族なんだからさー、ほら、上級生の方もちらちら見てるよ?忖度してもらいなよー。

 おほほうふふと懸命に浮かべた笑顔が引きつる。


「メルシエ侯爵令嬢は市井の出だとか?」


 大人しく茶をすすっていると級友の侯爵令嬢が笑顔でマウント取ってきた。

 おん?やんのか?売られた喧嘩は絶賛買い取るぞ?

 

「ええ。家内の事情で次期当主の話が実父に参ったのですが、生憎障りがありまして。ならばと姪であるわたくしにお声がかかりましたの」

「まぁ。それではご令嬢がお継ぎに?」

「いいえ、わたくしなど。お義父様の期待に応えようと努力はしておりますが、10を過ぎるまで市井に居りました故、なかなか」


 あらまぁと扇で口元を隠しつつも、甚振るような目線は隠しようがない。


「なんでもお父様は自ら市井に下られたとか。さぞご苦労なさったでしょう」

「ご心配ありがとう存じます。幸い恙なく暮らすことができておりましたのよ。何しろ実両親はわたくしの目から見ても仲の良い夫婦で。思い返せば毎日楽しく過ごさせていただいておりました」

「あら、そうなの?」


 面白くなさそうだな。だよね。貴族で毎日面白おかしく夫婦仲良いってなかなか聞かないもんね。


「養父母にも望まれて縁を結んだためか、大変よくしていただいておりまして。そうそう、義兄は王太子殿下の覚えも目出度く、現在王城にお務めておりますの。ご多忙であまりお会いできないのが残念なのですが。休暇の度に王家の皆様の素晴らしいお話を伺うのが楽しみで」

「ああ、兄上の筆頭事務官が義兄なのであったな。大層優秀であると聞いている。そう言えば其方によろしくとのことであった」

「まぁ、お義兄様ったら。申し訳ありません、ご迷惑ではありませんか?」

「なに、私も政務で世話になることがある。軽い事よ」


 王子殿下に対し軽く黙礼しつつにっこり。

 へへーん。いいだろー。我が身内はエリートぞ?家格では劣るようだが次代ではどうかな?

 マウント取るならそこんとこ考えときなよ?


「ご謙遜を。アメリー様も優秀と聞き及びますわ。わずか数年で淑女科上位クラスに足る実力をお付けになったではありませんか。さぞ努力なさったことでしょう」


 王子殿下のご婚約者であるライバル令嬢がうふふと笑いながら褒めてくれた。ありがとー。


「ありがとう存じます。そのようにお褒めいただくと恥ずかしいですわ。此まで大恩あるお義父様、お義母様に報いねばと必死でございました。ですが、それでも時折このような場所に座していることが不思議で仕方ございません」

「不思議、とは?」

「ほんの数年前まで田舎の街中を男女の区別なく、ころころと子犬のように転げ回っておりました。その頃のわたくしと今のわたくしではまるで違う。見る景色、立場、持ち得る「ちから」、どれも想像すらできなかったところにおりますので」


 儚げ~な微笑みを意識して作る。

 まぁ、とか、さもありなん、といった風情の頷きで周りから賛同を得たのを確かめて、にこりと今度は少し明るめの笑顔を意識して作る。


「学ぶうち、平民は平民の、貴族は貴族の良いところも良くないところも知ることができました。幸い、婚約者はこのようなわたくしにも理解を示してくれ、一緒に良い道を歩んでいただけるようで。お義父様の作る道、進む道を共に照らそうとのお言葉を頂戴しています」


 だから原典ヒロインのように学校で無駄な色気は出さないよ~。ライバル令嬢様、私は敵じゃ無いよ~。ついでに級友の侯爵令嬢様、からむなよ~。

 貴族の有り様を理解していること、婚約者が居ること、良いお付き合いであることや、ウチの侯爵領を良くするつもりであって、他家に対して含みはないこと等々を情報過多気味に詰め込んでみた。どや。



 ふむ、と王子様が一つ頷く。


「流石、メルシエ候の身内であるな。今は平民となっている弟君は、学生時代大層優秀であったと聞く」

「勿体ないお言葉。義父も実父も喜びましょう。全ては領民のため、ひいては我が国のため。思いを新たに今後も精進していきたく存じます」

「励むが良い」


 よし。王子様の第一印象は「出来の良い貴族子女」ってとこかな。

 おもしれー女枠は上手く避けられただろう。

 髪型も大人しめに、制服の改造も最小限で華美な装いは避けた甲斐ありだ。


「ご立派なお志ですわ。今後も是非、そう、市井のことなどを教えていただいて良いかしら?」

「まぁ、喜んで。とは言え、数年前までの事しか分かりませんのよ。お力になれるか」

「それでも私たちよりはお詳しいでしょう。今後、この国をより良くしていくためにも広い視野を持てと常に薫陶を受けておりますのよ」


 駄目かしら?とライバル令嬢がにこやかに微笑む。

 ええ?断れない案件その2だね。

 やだー。お近づきになりたくないのにー。そっとしといてくれよー。


 なんて心の内は悟らせないようにしながら「お役に立てるなら、是非」と答える。


 「コランティーヌと呼んでね」「ではわたくしのことはアメリーと」なんてぐいぐい距離を詰められ、

なんとお名前を呼ぶ許可まで得てしまう。

 そう答えるしか無いし。胃が痛い。

 ああ、級友侯爵令嬢が扇を握りしめているよ?取り巻き立候補じゃないよ。仕方ないじゃん。不可抗力だよー。




 さて。マンガのストーリーにあるフラグはなんとか避けることができているが、ゲームの方の、他の攻略対象者のフラグががが。知らないから避けようがない!


 復習しようと図書室行けば、うっかりクール眼鏡と同じ本を取ろうと手を伸ばし、はっとしておほほ~とごまかして全力バックダッシュとか。

 教養科目の練習のためピアノ弾こうとしたらショタ芸術家ヴァイオリン小僧が「素敵な曲だね」と絡んできたり。これはすまん、思わず「あっるっこ~あっるっこ~わたっしは~げんき~」とか歌っちゃったんだ。

 他にはカフェに行ったらバリスタっぽい兄さんがどーーーーも怪しかったり。


 気の休まるところが無いわー。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語の強制力とフラグがこの先どうなってしまうのかとても気になります [気になる点] 単話の感想という訳ではないのですが 短編のシリーズではなく連載の1作品にしてほしいです リーダーアプリで…
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