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短編集

なんとなく

作者: 暮 勇

 ただ、なんとなく始めた音楽を。

 ただ、なんとなく捨てたくなった。


「最近、気合入ってないんじゃない?」

 ドラムのアヤにスタジオの外に呼ばれたかと思ったら、急にそんなことを言われた。

「何か、歌とかギターで、悩みとかある?」アヤは私の顔を覗き込むように見つめている。

「ううん、悩みとか、ないから。大丈夫。」私はその真っ直ぐな顔を直視できずに、目を逸らした。「ただ、今日ちょっと調子が出なかっただけ」

「そう?なら次から気をつけてね」これ以上私も見つめても何も出てこないと思ったのか、アヤはスタジオの扉に手をかけた。「みんな、気にしてるよ。最近のミサキ、らしくないって」

 ”らしくない”か。

 私はアヤにバレないように、小さくため息をつく。それって、いつのことを見ての”らしくない”なんだろう。

 私もアヤに続いて扉をくぐる。他のメンバーが心配そうにこちらを見ていた。

「ごめんごめん、練習止めちゃって」アヤがみんなに明るく呼びかける。「さ、休憩も出来ただろうし、練習再開!」

 その掛け声で、みんなが位置につく。私も勿論、ギターを抱えて、マイクの前に立つ。

 アヤがスティックを叩く、ワン、トゥ、スリー。

 スタジオ内の楽器が一気に鳴り響く。私は体が覚えたフレーズをただ弾き、歌う。

 そこに、私の心はなかった。

 私が考えてることはただ一つ。バンドを辞めたい、ということ。


 高校の頃からの同級生で、大学生になってもずっと、続けてきた音楽。

 人数が足りないとアヤに誘われて、握ったこともないギターを持たされ、流されるままに練習していた。最初はギターができればいい、とだけ言われていたのに、いつの間にかボーカルも任されるようになった。

 ステージに立つのは嫌いじゃなかった。自分が自分じゃなくなる感覚。ステージの上から客を見下ろす高揚感。あの非日常が、結構好きだった。

 でも、それも慣れてしまえば日常になってしまう。

 いつものステージ。いつもの風景に、いつもの音楽。

 今、大学2年生になって、私は音楽の全てに、飽きていた。


 そんなことを考えていたら、練習は終わっていた。いつものスタジオ。いつもの練習曲。もはや習慣になってしまった一連の流れを、体が覚えた感覚だけで凌いでいく。

 みんなが楽器を片付けながら、次のライブや新曲について楽しそうに話している。

 もう次は、ないかもしれないのに。

 そう冷たく考えながらも、私はメンバーに思いを打ち明けられずにいた。

「なんとなく飽きたから、もうやりたくない」と、未来を夢見るメンバーには言ってはいけない事であるような、やましさを感じていた。

 メンバーからの言葉に、適当に相槌を打ちながら、そそくさとギターを片付ける。同調できない自分が、ここにいてはいけない様な気がして、肩身が狭い。

「ごめん、ちょっと体調悪くて…」私はメンバーに申し訳なさそうに伝える「この後のミーティング、外してもいい?」

 みんなが口々に「大丈夫?」と心配してくれる。嘘を言っているはずなのに、ぎゅっと胸が締め付けられて、本当に気分が悪くなったような気がしてくる。

「うん、大丈夫」私はギターを背負い、みんなに背を向ける「それじゃ、また次の練習で」

 私は逃げるように、スタジオを後にした。


 次に何かしたいことがある訳ではない。ただ、大学生になって、その4年間を全部音楽だけに費やしていていいのだろうか。それも、惰性で。

 そんな、あやふやな気持ちで、私は音楽を捨てたくなっている。

 他のメンバーが夢見るような、私たちの音楽をもっと聴いてもらうことも、大きなライブに出ることも、私を心を引き留めてはくれない。

 最初は、ただなんとなく始めていた音楽。

 だから、終わりの時も、ただなんとなく辞めたい。

 他の元バンドマン達は、もっともらしい理由があって音楽を辞めているのだろうか。例えば、将来のことを考えて、とか。

 私みたいに、なんとなく辞める人は、いないのだろうか。

 夏の夜の湿気を吸って、ギターが重く背中にのしかかる。

 次こそは、辞めると言わなきゃ。

 スタジオから逃げ出した私の足取りは、重いままだ。

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