干し柿が欲しいガキ
橙色のカーテンが眩しい季節になりました。
畑の横や道路脇の木はもちろんのこと、軒下にもベランダにも、橙色の丸が連なっています。
中学生くらいでしょうか、紺色のセーラー服の上に白いエプロンを着けた女の子が、慣れた手つきで包丁を動かし、皮剥きをしています。
「ねえちゃん、かきちょうだい」
「だ、か、ら! 渋柿だって言ってるじゃん。渋いんだってば」
「かきたべたい。かーき、かーき、かーき、かーき」
カーテンコールと同化したアンコールのようなカキコールは、少しうるさいくらいです。
だからと言って、お姉ちゃんはその熱烈なカキコールには応じられません。
渋柿は読んで字の如く、渋いのです。
「ねえちゃん、だしおしりすんな、しぶるなよ」
きっと本人は大人びた言葉で上手いことを言ったつもりでしょうが、所詮はガキんちょ、間抜けな感じが否めません。
「出しお尻って、お尻を出してどうすんのよ。だ、し、お、し、み、だよ」
お、も、て、な、し、の動作で、お姉ちゃんは正しい言葉を教えてあげました。
「ちぇ、だじゃれだったのに」
「柿を食べたいのは、誰じゃ?」
「だれじゃ? と、だじゃれ? これもだじゃれ?」
「これは、ア、ナ、グ、ラ、厶」
ここでも、お、も、て、な、し、の手振りをしたかったお姉ちゃんでしたが、固い柿の中に完熟柿が一つ混ざっていて、手はすっかりベタベタの橙色に染まっています。
「んー、食べられるかな? ねぇ、お皿かお椀か持っておいでよ」
「かき? やったーたべる! かーき、かーき」
「お皿を割らないように気を付けてね」
弟は文字通りの意味で、ガキの使いを無事に果たしました。
お皿を手に、表情は何とも得意げです。
お姉ちゃんは鮮やかな橙色の、どろろんととろけた熟し柿を、弟の皿に乗せてやりました。
「渋くはない? もし渋かったら口から出しなよ?」
「うん! あまあまーの、うまうまー」
「甘い柿が食べられてよかったね」
一通り皮剥きが済み、お姉ちゃんは剥いた渋柿のヘタの枝を、長めに切ったビニール紐にくくりつけていきます。
「なあ、ねえちゃん。なんでかきほすん?」
「今更? んー、甘くなるし、日持ちするから。冷凍しちゃえばいつでも食べられるし」
「そんなんせんでも、いまたべたの、あまかったよ?」
「熟せば、ね。本当は渋いの」
お姉ちゃんは柿をくくりつけた紐の端を持ち上げました。
橙色の丸が四つ、上下の柿と触れないように、ちょっとずつ間を空けて等間隔でぶら下がっています。
「ねえちゃん、すげえ。てじなだてじな。♪たららららら〜」
「干し柿が出来たら食べようね」
「ほしがきたべたい。ほーしがき、ほーしがき」
先ほど柿を食べて多少は満足したのか、ほーしがきコールはやや控えめ、切迫した雰囲気は感じられません。
柿はこれから吊すので、干し柿が食べられるようになるのはまだ当分先です。
「ま、だ、は、や、い」
「も、う、お、そ、い」
弟はお姉ちゃんが大好きな「なろう」用語で上手いことを言ったつもりのようで、とても得意げな表情です。
追放エンドもざまぁも何も無い、よくあるお姉ちゃんと弟の遣り取りでしたが、駄洒落たタイトルを無事に回収でき、めでたし、めでたし。