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超真面目ホラー

誘拐

作者: 七宝

 この男、更井(さらい) 益夫(ますお)は金に困っていた。仕事を辞めてからというもの、毎日「増やす!」と言ってパチンコ屋に通い、月に60万円ずつ負けていた。


 ついに貯金は底をつき、金を借りることを考える。しかし、消費者金融からは無職の人間は借りることが出来ないので、更井は絶望した。


 闇金というものがあるのは知っている。しかし、闇金は少し借りただけでも数十倍に膨らむことがあるという話を聞く。彼はそんなことは馬鹿らしい、と別の方法を考えた。


 年金、ガソリン代、奨学金の返済、住民税、会員カードの年会費、支払わなければならないものは山ほどある。ゆえに、金も山ほど必要なのだ。


 更井は親、親しい友人、後輩など片っ端から知り合いを当たってみた。その中で貸してくれたのは母親だけであった。それから3ヶ月に渡り母親から金を借り続け、母親の貯金も底をついてしまった。


 職探しはしているが、なかなか見つからない。臓器でも売ってしまおうか。相場を調べる。思っていたよりだいぶ安い。こんなものなのか⋯⋯


 そんなことを考えていると、あるニュースが目に入った。誘拐事件だ。(さら)われた少女は無事家族のもとへ戻り、犯人も逮捕されたのだという。


 こんなの捕まるに決まっているのに、なぜやってしまうのか。一瞬はそう思った更井だったが、あることに気がついた。


 何十年何百年と誘拐事件がなくならないということは、それなりに成功している人もいるのではないか。もしそうなら、捕まっている奴らは、全誘拐事件のほんの一部、氷山の一角のようなものなのではないか。


 そう思うと、自分にもやれる気がしてきた更井だった。ようは運だ。親が警察沙汰にするようなタイプだったら逮捕され、内々で解決したいというタイプだったら逃げ切れる可能性が高いだろう。


 更井はこの必勝法の考えを軸に、大人しそうな親のリサーチを始めた。その結果、わずか2週間で良いターゲットを見つけることが出来た。


 ターゲットは皿割(さらわれ)家。その家のひとり息子を誘拐することにした。この子は学校に友達と呼べる存在がおらず、いつも1人で下校している。


 人混みが苦手なのか、いつも集団を避けて、離れたところを歩いている。更井のような誘拐犯には格好の餌食だろう。


「ごめんね、ちょっといい? この辺の地理が分かんなくてさ、(かん) 恵菜(けいな)さんって方の家を探してるんだけど、良かったら案内してくれないかな」


 更井が練習してきた言葉を少年にかけると、こくりと頷き、後をついてきてくれた。


「遠くから来てるもんでね、車なんだ。助手席乗ってくれる? ごめんね、ちょっと汚いけどなんとか乗ってね」


 少年は頷き、助手席に乗り込んだ。


「注文ばっかりで悪いけど、シートベルトしてね。んで、曲がるところがあったらなるべく早めに教えてね」


 少年はまた頷いた。


 しばらく走ると、少年が左を指さした。しかし、更井の目的地はまだ真っ直ぐなので、少年の指示は無視する。ちらりと左を見ると、よちよち歩きの老人が横断歩道を渡っているのが見えた。そんな遅いと轢かれるぞ。


 少年は表情ひとつ変えずに、ずっと前を見ている。しばらくして、また左を指さした。


「へへ、わりぃな」


 更井はそう言って、ハンドルを右に切った。

 その直後、ドォン! という音が後ろの方から聞こえた。慌ててミラー越しに後ろを確認すると、本来曲がるはずだった方の道でトラックと軽自動車が正面衝突の事故を起こしていた。


「曲がんなくて良かったぜ⋯⋯」


 更井はボソッとそう言うと、少年の方を見た。相変わらず無表情で前方を見つめている。気味の悪い子どもだ。


 目的の廃倉庫に着くと、更井は少年の両手を後ろで縛り、肩に担いで倉庫の中に入った。少年は暴れなかった。怖くて動けないのだろう。


「さて、電話入れるか」


 そう言うと更井はパチンコ屋の老人客から盗んだスマートフォンを取り出した。


「お母さんの電話番号分かるかな?」


「×××-4444-××××」


 今まで一言も喋らなかったので少し気味が悪かったが、ちゃんと喋れると分かって更井は安心した。


 少年は小さな体を震わせ、歯をカチカチと鳴らしている。恐らく自分が誘拐されていて、命の危機があるということを自覚したのだろう。


「そうだ、名前聞いてなかったな。苗字は知ってるんだが、下の名前は知らないんだよなぁ。教えてくれるか?」


「オニンギョウ」


 キラキラネームというやつか、と更井は少年に哀れみの目を向けた。親からしたら子どもは自分の所有物なのだろうか。


「もしもし」


 母親の携帯に電話をかける。


『はい』


 電話の向こうからは、何とも冷たい、掠れたような低い女の声が聞こえた。


「周りに人間はいるか? もしいるなら移動しろ」


『⋯⋯⋯⋯』


「いいんだな、分かった。落ち着いて聞けよ。お前の息子を預かった。無事に返して欲しければ俺のパチンコ代を用意しろ」


『あげます』


 母親は即答してくれた。やはりパチンコ代なんかより息子の命の方が何倍も大事なのだろう。


「話が早い。では、受け渡し場所の提案だが⋯⋯」


『それ、あげます』


 更井の話が終わる前に、食い気味に母親が言った。それ、とはなんなのだろうか。


『それ、あげます。飽きたら処分してください』


 更井は理解した。息子のことを言っているのだ。この母親は、息子を彼にあげると言っているのだ。しかも、名前も呼ばず、一貫して「それ」と呼んでいる。


「ちょっと! そういう話じゃないから――!」ブチッ


 ツー、ツー、ツー、ツー、


 そこで電話は切られた。


「オニンギョウくん、君のお母さん怖いね」


「⋯⋯⋯⋯」


 怖いが、このまま終わる訳にもいかないので、更井はもう1度電話をかけることにした。


「もしもし、俺だ」


『なんですか? オレオレ詐欺ですか? 切りますよ?』


「いやいやちょっと待て! 改めて言うが、お宅の息子を預かった。返してほしければ、俺のパチンコ代を出せ」


『息子なら今ちょうど学校から帰ってきたところですけど。イタズラ電話ですか? 通報しますよ? バーカ!』ブチッ


 言いたい放題言われて切られてしまった。先ほどと様子が明らかに違う。声も違う気がしてきた。更井はもう電話をかけることが出来なかった。


 目の前で床に座っている少年がひどく不気味に見えてきた。この子の親に電話をかけたら、この子はもう家に帰っていると言われた。では、この子はいったい何者なのだろうか。


「⋯⋯⋯⋯」


 少年が何か言いたそうな顔で更井の顔を見つめている。


「ん」


 そう言って少年は更井の顔を指さした。




 翌日、肝試しに来た中学生3人組が、鉄骨の下敷きになっていた更井を発見した。すぐに病院に運ばれたが、ほどなくして亡くなったそうだ。


 更井は死ぬ直前まで「あの子が⋯⋯あの子が⋯⋯」とうわ言のように言っていたという。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪さを企てたら…そううまくはいきませんでしたね。 非常に不気味で面白かったです。 [一言] 捕まった奴らは氷山の一角、の下りで 実際に上手くいってニュースにすらなってない誘拐事件もあるのか…
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