(96)売り切れ
まあ、普通の売り切れなら涙することは、まずないだろう。だが、十数年、いやそれ以上待っていた品物がようやく手に入ると思いきや、店に行ってみればすでに売り切れていた・・などという事態になれば、これはもう涙する他はないだろう今日はそんな究極の悔しさで涙する売り切れのお話です。^^
いつやらの短編集でも登場した骨董屋の店先である。そろそろ店を開けようか…と戸板を外し、パタパタと叩きで店の埃を払っていた店主が、そろそろ朝餉にしようか…と奥へ引っ込みかけたそのときである。
「す、すいませんっ!! 猿翁寒山の掛け軸、まだありますかっ!?」
息を切らして店へ飛び込んできたのは、数か月前、この店へ掛け軸を買いに来た客だった。
「ああ、いつぞやの…」
顔を憶えていたのか、店主は叩きの手を止め、笑顔で客を出迎えた。
「はい、数か月前、寄せて頂いた…」
「猿翁寒山の掛け軸でしたね、確か…」
「はいっ!! ありますかっ!」
「ああ、ありますよ…コレ、だったかな?」
店主は巻かれた掛け軸を大机の上で開けた。
「違います…」
喜色満面の客の顔が一瞬にしてお通夜になった。
「違いましたか? と、すると、コチラでしたか…」
店主は巻かれた別の一幅の掛け軸を開けた掛け軸の上で開けた。
「違います…」
だが、やはりその一幅の掛け軸も客の待ち焦がれていた掛け軸ではなかった。
「妙ですな…。猿翁寒山の掛け軸はこの二幅しかございませんが…」
「そんな…」
客は落胆した小声で呟いた。そのとき、店主はふと、思い出した。
「ああ、アレっ! 残念でした、お客さん。アレね…売り切れました」
「取っておくと言ってらしたじゃないですかっ!!」
客は少し興奮して詰め寄った。
「ええ、残しておいたんですよ。残しておいたんですがね、お客さん。相手がいけない! 国のお役人が来ましてね。確か文科省のナントカ言ってたなぁ…。国宝級だということで、国がお買い上げになったんでございますよ。私ゃ、儲けなんて、少しも考えてなかったんですがね…」
「そうでしたか…」
客は心の中で悔し涙を流しながら、店から去っていった。
売り切れの悔し涙のお話でした。^^
完




