(6)和歌
春の山裾である。いい頃合いに花が咲き誇っている。花とは、言わずもがなの桜である。俳句や和歌などでは、花! と言えば、桜! と、こうくる。
二人の老人が草原に座り、手持ちの料理を摘まんで一杯やりながら花見をしている。
「さざなみや 志賀の都はあれにしを 昔ながらの山桜かな…」
「ほう! 都落ち前に長柄山を見ながら詠んだ忠度の和歌ですな…」
「さようで…。栄枯盛衰・・人の世は盛んなときは続かず、いつしか衰えます…」
「この桜は、そのようなことには関わりなく、いつまでも咲き誇っていると…」
「さようで…。涙しますが、いい和歌です」
「ですな…。瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ・・もあります。まあ、一献!」
「讃岐へ配流された崇徳院ですな…。この和歌も涙が出ます…」
クーラーボックスで冷やした缶の生ビールのプルトップを開け、片方の老人がもう片方の老人に勧める。もう一人の老人は紙コップを差し出し、その勧めを受けて飲む。そして、山桜を見上げ、思わずぅぅぅ…と涙する。
「どうされましたっ!?」
「いや、べつに…。つい、気持ちが昂りましてな、ははは…」
「さようで…」
片方の老人が涙しながら頷き、重箱の料理を箸で小皿に盛り、紙コップの生ビールを飲む。暑くもなく寒くもない、晴れたいい風情の春が漂う。二人の老人は、意味もなく、ぅぅぅ…と、ふたたび涙する。
和歌には涙が似合うのである。^^
完




