(35)悲しい
悲しいときに流れる涙ほど哀れなものはない。他人目はどうであろうと、本人にしてみれば悲しいことこの上ないのだから、どうしようもない。^^
とある大衆演芸場である。演目は言わずと知れた[国定忠治]である。
「赤城の山も今宵が限り…。生まれ故郷の国定村や、縄張りを捨て、国を捨て、可愛い子分の手前達とも別れ別れになる門出だ…。今宵の月も泣いている」
「親分っ!」「親分っ!」
「加賀の住人、小松五郎義兼が鍛し業物、万年溜の雪水に浄めて、俺には生涯~手前という、強い見方があったのだ…」
舞台は最高潮に達し、「座長っ!」などの掛け声や硬貨を包んだお捻りなども飛び交う。ふと見れば、その中の観客の一人が涙している。
「ぅぅぅ…」
いい場面ではあるが、泣くほど悲しい場面でもないから、涙する観客の隣の観客は訝しげに涙する男を眺める。
「いい場面ですよ…」
訝しげに窺う観客は、言うでなくボソッと呟いた。
「ぅぅぅ…うちの嫁が男と夜逃げしまして…」
「ああ、そういうことですか…」
悲しい涙は本人にしか分からないという一例のお話でした。^^
完




