(22)悔(くや)しい
涙の中でも悔し涙ほど切ないものはない。
春の陽気に誘われ、この山裾でも竹の子狩りが行われている。とある会社の新入社員歓迎の行事である。責任者は、どういう訳か今年も竹川だ。
「ぅぅぅ…」
「どうしたんです、竹川さんっ!?」
急に涙を流し始めた竹川を見て、サブに付く唐松が訝しげに訊ねた。
「ぅぅぅ…泣けるんだよ、唐松君っ!」
「どうしてですか?」
「竹の子がさ、悔しいんだよ、ぅぅぅ…」
「竹の子がどうしたんですか? 今年も豊作ですよねっ!」
「ぅぅぅ…採られるんだよ、唐松君っ!」
「? 採られるって、採るんでしょ!? そろそろ会社の連中が観光バスが来ますよっ!」
竹川と唐松は先発して、現地の下見に来ていたのである。
「ぅぅぅ…」
「なぜ、泣くんです?」
「だって竹の子だよ」
「ええ、竹の子ですよ」
「私は竹川だよっ!」
「はい、竹川さんです。僕は唐松です」
「ぅぅぅ…うちの子が」
「えっ!?」
「ぅぅぅ…食われるんだよっ!」
「食われるって? 美味しく戴くんでしょ!?」
「いやっ! うちの子が食われるんだっ!」
唐松は竹川がトラウマに陥っていると気づいた。
「疲れてらっしゃるんですよ。このツアーが終わったら、休暇を取られた方がいいですよ」
さすがにお医者に…とは言えず、唐松は林になった。唐松林・・要するに暈したのだ。
「ああ、有難う。それにしても、毎年毎年、どうして私なんだっ!」
竹川は会社の世話役が毎年、替わらないのを愚痴った。
「そのうち、別の人になりますよ」
唐松は竹川を慰めるのが関の山だった。
涙には、こういう悔しい涙もある・・というお話である。^^
完




