(13)物語
涙なくしては語れない物語がある。その物語自体が悲しくて、涙なくしては語れないとはいえ、朗読する人物によっては大きな差異が生じる。要は、語り手の手腕の違い、分かりやすく言えば演技力の優劣・・によって引き起こされる聞き手の感じ方の違いだ。
語り手が悲恋物語を朗読する小劇場である。そろそろ開演が近づてきている。隣り合った席の二人の来場者が小声で話をしている。
「今日の語り手は女優の甘口辛美さんらしいよ…」
「そうなの?」
「ああ、彼女の語り口調は三本の指に入るくらい凄いからねぇ~」
「ただでさえ悲しい話だから、彼女じゃダダ泣きだっ!」
「いつも観客の嗚咽で喧しくなるらしい」
「じゃあ、今日もそうなる可能性が?」
「ああ、あるあるっ! 僕はそう思って、いつも耳栓を持ってきてるんだ」
「耳栓してりゃ、話が聴けないんじゃ?」
「ははは…耳栓するのは、よほど五月蠅い場合だけさっ!」
「なるほど…」
そうこうするうちに、開演のベルが鳴り、甘口辛美が登壇した。そしてスポットライトが照らす椅子に静かに座った。
やがて、館内は嗚咽の渦が始まった。耳栓の客も嗚咽している。
物語は演技力で涙を誘うのである。^^
完




