9-5 明るいネット会議
社内メールには未読が2通入っていた。
1通は部長から俺に宛てたメールだ。
このメールをよく見ると、Cc:に俺以外の課員全員と人事部長と総務部長が入っている。
この形式で出されてしまっては、業務命令としての意味合いが強く、有給休暇中だからとの理由だけでは断れない。
もう1通は部長から彼女に宛てたメールだ。
そのメールもよく見ると、Cc:に彼女以外の課員全員と人事部長と総務部長が入っている。
これも文面的には俺に宛てたのと大差は無く、業務命令としての意味合いが強い。
俺としては行って帰ってくるだけなので、2日ほどの有給休暇中断は苦にはならない。
けれども、ここ数日の部長の行動が気になり素直に従えない気分だ。
しかし、この状況で俺一人がアスカラ・セグレ社への訪問を断ると、彼女が窮地に立たされる可能性が高い。
気分的には、部長の巧妙な作戦に嵌められている感じがする。
だが迷っていても時間の消費だけだ。
そこで俺は決断した。
俺は仏間に戻り、バーチャんに事態の説明をした。
「バーチャん。仕事で30日の金曜日に大阪に行くことになった。」
「ほう。じゃあ。こっちにいられるのは30日までか?」
「いや、日帰り…泊になるか?30日と1日の2日間だけ仕事で大阪に行って、また戻ってくる。」
「また戻って来るんじゃな?」
「うん。遅くとも1日の夕方には戻ってくる。」
「そうか。行ってこい。」
バーチャんの理解を得られたので、彼女にLINEを打ちながらお爺ちゃんの部屋に戻る。
「ネット会議に参加してください」11:51
自分のノートパソコンを開き社内ネットに繋ぐ。ネット会議用のソフトを起動して彼女からの反応を待つ。
程なくして、インカムを着けた彼女の顔が画面いっぱいに映し出された。
「門守です。見えますか聞こえますか?」
「秦です。見えてます聞こえてます。」
「部長からのメールを読んだ。大阪に行くと返事しようと思う。良いね?」
「グッ!」
彼女が笑顔でサムズアップでする。
やっぱり彼女は出張扱いと旅費に釣られているんだろう。
「部長に承諾の返事を出して良いね。」
「はい!是非ともお願いします♪」
はいはい。満面の笑みですね。
「あの文面と宛先だと正式な業務命令だから、秦さんからも部長に返事するのが良いと思う。」
「そうですね。わたしもそう思います。」
「そういえば課長は出勤してるの?」
「いえ、あれから休んだままです。」
「そのままでメール開けるかな?」
「ああ、課長宛の件ですね。」
やはり彼女の勘は鋭いものがある。
直ぐに放置していた課長宛のメールの件だと気がついている。
俺はネット会議の画面を縮めて、隣に社内メールを開く。
課長宛に問い合わせが来ているメールへの対応を彼女と話すためだ。
課長にこのまま休まれては、課としての対応が悪いと社内で評されてしまう。
「まず、4通あるのは確認できるよね。」
「はい、私でも4通は確認してます。」
「これって誰か返信してる?」
「いえ、誰も返信してないです。」
「俺と秦さんで分担するか?」
「私とセンパイ、それに鈴木さんと田中君の4名で1件ずつはどうですか?」
「既に手を着けてるの?」
「最初のは田中君が取り掛かってます。3件目は鈴木さんが返信まで準備してます。」
「秦さんは?」
俺がそう聞くと、画面の中の彼女が微笑んで軽く手をふったが、直ぐに仕事の話しに戻った。
「私は最後のに手を着けてます。」
「じゃあ、2件目も鈴木さんに頼めないかな?」
「ちょっと待ってください。鈴木さーん。」
彼女が同僚で2年後輩の鈴木さんに声をかけた。程なくしてネット会議の枠に彼女と一緒に鈴木さんが映る。
二人して軽く手をふって笑顔だ。
彼女がインカムを外して音声をオープンにしたのか、鈴木さんの声が聞こえる。
「門守さん。お久しぶりです。」
「鈴木さん。元気そうだね。」
「はい。課長も山田も居ないから元気ですよぉ~(笑」
「そこまで言うかぁ?(笑」
「もう返信まで準備してるんだって?仕事が早いねぇ。」
「はい。課長のチェック待ちで止めてます。」
「鈴木さんに2件目も頼めないかな?」
ネット会議の枠内で彼女と鈴木さんが会話を始めた。
「2件目は、実は手を着けてます。もうすぐ返信も書き上がります。秦センパイ、後で見て貰えます?」
「すっごぉ~い。もうやってたんだ。」
「…」
鈴木さんは既に着手済みだと言う。
改めて頼むまでもなかった。
俺の出番は無さそうだ。少し安心した。
彼女と鈴木さんは、ネット会議の枠内で会話を続けている。
こうした明るい雰囲気な職場は久しぶりに見た気がする。
「いいかな?」
俺は二人に声をかけた。
二人がこちらを見て軽く手をふる。
「じゃあ、鈴木さんは継続してお願いします。課長のチェックは直ぐに取れないだろうから、秦さん鈴木さん田中くんの3人で相互にチェックしたら発信して。それと秦さんは田中君の進捗も気にしてあげて。」
「門守さん。さっきから手をふってる後ろの方って、ご親族ですか?」
鈴木さんの声に俺は慌てて振り返った。
そこには笑顔で手をふるバーチャんがいた。
「二人とも美人じゃのう。どっちが二郎の女じゃ?」
「こっちでぇ~す。」
鈴木さんの声にネット会議の枠を見れば、鈴木さんが彼女を指差して笑っている。
彼女はキョトンとして自分を自分で指差している。
「二郎。飯じゃ。」
「「私たちもランチに行ってきま~す。」」
バーチャんの声に彼女と鈴木さんも反応した。
呆気に取られた俺はノートパソコンの前で一人呆然としてしまった。