9-4 出張命令
「はい。深呼吸してぇ~」
「すぅ~ はぁ~」
画面の向こうの彼女を落ち着かせるため、深呼吸をすすめると素直に深呼吸を始めた。
「はい。今は朝の8時45分です。あなたは出社しました。」
「はい。出社しました。」
「朝のオフィスはどうなってましたか?」
「山田が自分のスマホを握ってブツブツ言ってました。」
かなり衝撃的な光景だな。
山田はあれからも自分のスマホで、俺に電話を続けていたのか。非通知で。
「それが凄く怖くて、課の皆で遠巻きに見てました。」
「そりゃあ、怖くて近寄れないよな。」
「そうしたら誰かが部長に連絡したらしくて、部長が走って入ってきました。」
「部長は何か指示したの?」
「はい。私が部長に指示されて総務と人事に連絡しました。」
「頑張ったね。秦さん頑張った。」
「それで、部長の指示で1課の課長を呼びに行きました。」
「1課の課長は直ぐに来てくれた?」
「はい。戻ったら山田は担架の上に寝かされて運び出されるところでした。」
「その時の部長は?」
「部長と1課の課長が山田に付き添って行きました。」
「秦さんはどうしたの?」
「私は皆と一緒に周囲を片付けてました。もう本当に怖くて怖くて。」
そこまで話して、彼女は自分の両腕を組むようして身震いした。
「センパイ!山田に何をしたんですか!」
「はい。深呼吸してぇ~」
「すぅ~ はぁ~」
再び彼女を落ち着かせるため、深呼吸をすすめると素直に深呼吸を始めた。
「その後はどうなったの?」
「部長が戻ってきて、1時間後に課の皆に二人づつ会議室に来るように言われました。」
「秦さんは誰と一緒に呼ばれたの?」
「私は最後に一人で呼ばれました。」
彼女だけ一人で呼んだ?
少し引っ掛かるな。
「そこでセンパイの話が出たんです。」
「えっ!俺の話が出た?」
「はい。センパイと山田が一緒に謝罪に行った話が出たんです。」
部長は俺と山田が土下座謝罪に行った話は掴んでるんだな。
「センパイが謝罪に行った会社にアポが取れたから、センパイを連れて会いに行って欲しいと言われたんです。」
「そりゃ大変だ。秦さんは明日から有給休暇でしょ?」
「ええ、私は明日から、センパイはGW明けまで有給休暇中なので難しいと話したんです。」
「ありがとう。頑張ってくれたんだね。」
「それで私とセンパイ以外を打診したんですが、先方の指名だと言われたんです。」
「先方って、あの会社が俺と秦さんを指名してきた?」
「はい。部長が言うにはセンパイと私を指名してきたそうです。」
何だ?どういうことだ?
あの会社が、俺と彼女を指名してきたって、どういうことだ?
「それでも私、実家に帰るから無理だって言ったんです。」
「あれ、実家ってどこだっけ?」
「実家は隠岐の島ですけど?」
「隠岐の島って、島根県だよね?」
「はい。そうです。」
俺は頭のなかで島根県を描き、そこから少し離れた隠岐の島を思い浮かべた。
「そしたら実家への帰省を全て出張扱いで旅費も負担するって言われて。」
「ちょっと待って。出張扱いと旅費に釣られた?」
「センパイがOKなら行きますって♪」
こいつ主張扱いと旅費の会社持ちに釣られたな。
「しかも先方との会合が金曜日に大阪なんです。」
その「しかも」には、彼女の喜びの要素を感じる。
「今回のお客様訪問の命令って、部長から社内メールで来てる?」
「はい。センパイは未だ見てないですか?」
「ごめん。ちょっと見てよい?」
「はい。そうだ、ネット会議は一旦切りますか?」
「ああ、時間を要するかもしれない。部長からのメールを見て対応を決めたらLINEする。」
「じゃあLINEを待ってます。」
彼女のその言葉と共にネット会議の画面が黒くなった。
俺は急ぎ部長が俺宛に発信したメールを開く。
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門守二郎さんへ
アスカラ・セグレ社様への訪問願い
有給休暇中に申し訳ないが、貴職が以前に担当していたアスカラ・セグレ社様への訪問をお願いしたい。
現在、当社のBig Projectにおいて、アスカラ・セグレ社様との友好的な関係を早急に築くことがマストとなりました。
アスカラ・セグレ社様へ訪問を願ったが、貴職と同課の秦由美子課員の指名を受けた。
ついては以下の日程で、秦由美子課員と共にアスカラ・セグレ社様への訪問を実行してください。
日時:2021年4月30日(金)15:30
場所:アスカラ・セグレ社 大阪本社
担当:Eric G. Segre
尚、貴職と秦由美子課員の2名は同日が有給休暇中である事を考慮し、別途個別に出張扱いと旅費の会社負担を総務および人事より通知します。
本件、至急の承諾を願う。