8-6 酔って寝る
「じゃあ。バーチャんに任せた!」
台所に立ち、小鍋で『つゆの素』と味醂と日本酒と砂糖で割下を作った。
そこでバーチャんがすき焼き鍋で、肉を少し焼きたいと言い出したのだ。
テレビドラマで肉を焼いているのを見て、同じように作ってみたいと言い出したのだ。
俺はバーチャんの挑戦を断る理由も無いので、すき焼き作りはバーチャんに任せることにした。
バーチャんがすき焼きを作る間に、俺は一杯飲むことにした。
買ってきた角瓶と氷と炭酸水でハイボールを作る。
ちょっと薄目だが飲みやすいかも。
「二郎。肉を焼いたら食べるんか?」
「えっ?バーチャんが作り方を知ってると思った。」
「こうしてすき焼き鍋で肉を少し焼いたんじゃが、その後がわからん。」
「焼くタイプのはそこで少し割下を入れるんじゃないかな?」
「野菜はどうするんじゃ?」
「火の通り難いネギも先に焼くとか?」
「面倒くさいのう。食べ方がわからん。ちょっと代わってくれ。」
「はいはい。」
バーチャんから代わった俺は、記憶を辿りながら肉を焼き、鍋物セットからネギだけを取り出して焼いて行く。
焼き上がったところで、バーチャんに食べるか声をかけようと振り返った。
食卓ではバーチャんが俺の作ったハイボールを飲んでいる。
「この酒、ワシはもう少し濃くても良いぞ。」
俺は残った肉も野菜も全てを鍋に入れて、いつものすき焼きを作り始めた。
◆
台所に続く食卓で、バーチャんとすき焼きを食べる。
今日の晩御飯は、ちょっとした贅沢だろう。
「そうだ。明日は畑は休んでも大丈夫だよね?」
「そうじゃな。残るは新玉だけじゃ。明後日でも良かろう。」
今日は畑に出たので、明日は休もうとバーチャんに進言して受け入れられた。
毎日毎日、80歳を越えたバーチャんを畑に連れ出すのは気が引けてしまう。
以前に言っていたとおり、隔日で畑作業をしてもらおう。
「二郎。おかわりを頼めるか?」
どうやら俺が作ったハイボールを、思いのほか気に入ってくれたようだ。
俺も自分の分を飲み干し、俺とバーチャんで合わせて2杯分を作る。
「飲みやすさいからって、カパカパ飲むと酔うかも?」
「ううう。孫が飲ませてくれん。老い先短いんじゃ。飲ませい。」
バーチャんはそう言って、作ったばかりのハイボールをジョッキ半分ほど飲み干す。
飲み過ぎな気がするんだが、本当に大丈夫なんだろうか。
一度、病院で精密検査を受けさせたくなってきた。
「ほれ。食わんか。二郎の好きなすき焼きじゃ。」
そう言って、バーチャんは俺の生卵を溶いたお椀に野菜を入れてくる。
「バーチャん。肉も食べさせてよ。」
「安心せい。肉はワシが食う。」
ダメだ。既にバーチャんは酔ってる気がする。
◆
ほろ酔い気分だが、晩御飯の洗い物を済ませた。
あれから2回ぐらいハイボールを作らされた。
食事を終えて洗い物をしている俺に、もう一杯と言ってきたので俺はこれが最後だよと言ってジョッキでハイボールを作りバーチャんに渡した。
バーチャんはそれを持って、仏間でくつろいでるようだ。
お茶を入れ直して、仏間でくつろぐバーチャんに持って行こうとして聞いてみた。
「バーチャん。お茶を飲みますか?」
仏間に向かって声をかけるが返事がない。
慌てて仏間を覗くと、最後だよと言って作ったハイボールのジョッキを握ったままで、座卓に突っ伏して寝ているバーチャんがいた。
しまった!飲ませ過ぎたか!
「バーチャん!バーチャん!」
「なんじゃぁ~じろうかぁ~」
バーチャんを揺すると、寝起きのような顔で俺を見てくるバーチャん。
「飲み過ぎた?気分悪くない?」
「全然大丈夫じゃ!」
そう言ってジョッキを握ったままで、バーチャんは再び座卓を枕に寝始めてしまった。
飲みすぎたとしても、一旦起きたから大丈夫だと思う。
どうする?放置するか?
手元のスマホを見れば19:48。
21:00まで様子を見よう。
俺はそう思い直して、台所で自分の分だけお茶を入れ、寝泊まりに使っている部屋からPadを持って来て仏間でくつろぐ事にした。
さて、何を調べようか?
ダメだな。俺も酔ってる。
今の俺が、日記から何を学ぶべきかの思考が纏まらない。
けれども嫌な感じじゃない。
何故だろう。気分が高揚している感じだ。
やっぱり酔ってるんだな。ハハハ。
俺は日記を検索して読むのをやめた。
スマホで彼女にLINEをする。
「今日は早く帰れましたか?」20:08
そういえば彼女、髪を切ってたな。
少し伸びてたショートボブを整えた感じで、色合いも入社当時の真っ黒から随分と明るい感じになっていた。
そんなことを考えていたら、LINEに返信が入った。
「はい定時です明後日から有給休暇です」20:15
「おめでとう帰省するの?」20:18
「ちょっと迷い中」20:20
「有給休暇はいつまで?」20:23
「GW明けの10日です」20:26
「俺と同じだ」20:28
「東京の女か?」
突然バーチャんが起きて、俺のスマホを覗き込んでいた。