8-5 着信拒否
「う~ん。もう少し堂々とした方が良いと思うよ。」
「だって、不気味なんです…」
「不気味?」
「さっきから自分のスマホで電話してるけど、ため息ばかりついてるんです。」
「確認だけど、直接、何か話を聞いてる?」
「いえ。何も聞いてないです。」
山田が部長から何を問われたかはわからないが、少しだけ想像がつく。
多分だが、部長から土下座謝罪に行った会社について聞かれたのだろう。
俺が土下座謝罪に同行したのは、前任者としてだ。
今の担当者は山田で、担当の決定はパワハラ課長が決めたことだ。
「あっ、今も電話したようです。」
彼女の声から数秒後に、俺のスマホに非通知の着信が入った。
当然ながら俺は出ない。
「やっぱりな。」
「センパイ。もしかして山田はセンパイに電話してるんですか?」
「そうみたいだな。非通知が数回入ってる。」
「非通知?何がしたいんだろ?」
「俺が聞きたい(笑」
「本当にキモい。あぁ~鳥肌が立ちそう。」
彼女は本当に嫌がっているようだ。
「そうだ、これから俺の電話が必要な時は事前にLINEで知らせてくれるかな?」
「良いですけど?どうしたんですか?」
「山田からの電話に出たくないんだ。」
「ああ、理解しました。私からLINEが無ければバレバレですね。」
彼女の勘の良さは素晴らしい。
会社からの着信が入っても、彼女からLINEが来ているかどうかで判断できる。
俺が帰省した初日のように、不用意に会社に折り返して電話して山田の相手なんてしたくない。
今の俺は有給休暇中だ。
「じゃあ、私以外はどうします?」
「社内メールで大丈夫だと思う。金曜日は部長とメールしてるから。」
「ああ、あのメールですね。私も見ました。」
「じゃあ、そういうことで。」
「そうだ、有給休暇取りました。」
「おっ!やったね。そうだ。髪切った?」
「へへへ。昨日、久しぶりに。」
「似合ってるよ。それじゃあ。」
ガラリ!
「二郎。買い物に行くぞ! 」
部屋の扉がガラリと開いて、バーチャんが入ってきた。
◆
「同じスーパーで良いんだよね?」
「同じスーパーじゃ。」
ショッキングピンクの軽トラの運転席に乗り込み、助手席のバーチャんに買い出し先を確認した。
やはり、あの中学時代の同級生が勤めるスーパーへの買い出しとなった。
前回はオチを言われたので、今回は気を張っておこう。
そういえば、先ほどの非通知が並ぶ着信履歴は全て消した。
山田からの非通知なんて、俺には不要なものだ。
それとスマホに着信拒否の設定をした。
非通知の着信拒否。
それと会社からの通話にも、着信拒否を設定した。
これで煩わしい電話から解放されるだろう。
最初からこうしてれば、彼女に事前のLINEを願う必要もなかった。
スマホは持ち歩くことにした。
彼女からLINEが入ったならば、こちらから電話すると約束してしまったからだ。
今までは農作業の時などは持っていなかったが、これからは持ち歩くことになる。
少しだけ紐を付けられた気分だ。
判断を誤ったかもしれない。
◆
いつものスーパーで、すき焼きの食材を買い込む。
「まずは肉だが、豚で良いじゃろ。」
「はい。贅沢は言いません。」
すき焼きだが豚肉になりました。
「卵はある?」
「買って良いぞ。」
生卵が無いすき焼きは寂し過ぎる。
「焼き豆腐は二人で一丁だと多いんだよなぁ…」
「やめとくか?ワシはなくても良いぞ。」
悩んだが焼き豆腐はやめた。
「ネギ、ハクサイ、シュンギク」
「ワシは春菊はなくても良いぞ。」
はい。春菊は買いませんでした。
「シイタケ、シラタキ」
「そんなに食べれるんか?」
う~ん。食べれるだろうか?
「二郎。良いもんがあるぞ。」
「良いもの?なになに…」
「鍋物セットのカット野菜じゃ。」
「はい。それで十分です。」
買い物カゴに入れた個別の野菜に退場していただき、鍋物セットのカット野菜になりました。
「割下はどうするんじゃ?」
「つゆの素と味醂があれば…」
「それならあるから買わんぞ。」
「はい。大丈夫です。」
実家のすき焼きは、俗に言う『関東風』で肉と野菜を煮るタイプだ。
「そうじゃ、ビールが切れそうじゃ。」
「買いましょう♪」
湯上がりビールは大切だぜ。
「二郎は他に無いんか?」
「そうだ!あれが欲しい。」
俺が思いついて購入したのは、某社のウィスキー角瓶と炭酸水。
久しぶりにハイボールを飲みたくなった。
「バーチャん。家に氷ってある?」
「作っとらん。買って良いぞ。」
氷も忘れずに購入しました。
ついでにと自分用のシャンプーとボディソープも買い物カゴに入れた。
必要そうな物を選び終わったのでレジに向かう。
中学時代の同級生がいるだろうかと見渡したが、どうや今日は休みのようだ。
折角、気合いを入れていたのに(謎