7-5 御焼香
《神に会える ○○日13時集合》
若奥様。確かに今日は○○日です。
『神に会える』って…
もしかして、目の前で胡座をかいてるサンダースさんが、神=神様なの??
「ホッホッホ。信じられんか?」
サンダースさん。口調が神様っぽい。
「わかりにくかった?」
はい。若奥様。俺には無理です。
「今日は何の用じゃ。」
「桂子さん。勾玉を二郎さんに送ったでしょ。」
「ちっ。知っとったんか。」
「神は何でもお見通しよ♪」
若奥様。そのセリフは某ドラマの…
「二郎さんが勾玉を受け取るみたいだから、そろそろかなと思って来たんだけど?」
「まだじゃ。」
「ホッホッホ。まだ早かったか。」
この3人が何の話をしているかわからない。
勾玉を受け取る?
宅配便で受け取りましたけど?
バーチャんが「預かっとけ」と言ったけど?
結果的に持って帰ってきたけど?
「二郎は勉強を始めたばかりじゃ。」
「じゃあ、二郎さんが継ぐんでしょ?」
『継ぐ』?俺が?
「ホッホッホ。それは二郎さんが決めることですよ。」
「けど、桂子さんは送ったでしょう。」
「戻ってくるか、試しただけじゃ。」
「ちょっと待ってください。」
俺は思いきって3人の会話に割り込んだ。
「『継ぐ』って何ですか?それに勾玉も知らないものだし…」
俺がそう言うとバーチャんは首をふりながらうつむいた。
「二郎。巻き込んですまんかった。」
バーチャん。謝らないで。
俺とバーチャんの様子に、サンダースさんと若奥様は顔を見合わせる。
「それに最近は勾玉も泣かん。電池切れじゃろ。」
「ちょっと失礼しますね。」
バーチャんの言葉に若奥様が立ち上がり、神棚に手を伸ばして勾玉の納められた箱を取る。
それを座敷机の中央に置くと、箱の蓋を開けて勾玉を取り出した。
表裏を確かめるように勾玉を手の上で返すと、両手で包み胸元に寄せた。
すると若奥様の胸元に寄せた両手がほのかに明るくなった。
その時、俺は一瞬だが目眩を感じた。
思わず座敷机に両手を着いて体を支えてしまった。
「これこれ急にやるでない。」
「あら。ごめんなさい。」
「二郎。大丈夫か?」
「大丈夫。ちょっと目眩が…」
若奥様が勾玉を箱に戻す。
戻された勾玉は、前よりも鮮やかな色合いになった感じがする。
「切れとったろ。」
「切れかけてましたね。もう大丈夫です。」
「ホッホッホ。」
「…(若奥様。何をしたの?」
若奥様は勾玉の入った箱の蓋を閉めると再び神棚に戻し、軽く神棚にお辞儀する。
「用は済んだか?」
「そうね。向こうも終ったようだし。」
バーチャんと若奥様が言葉を交わすと、座敷戸の向こうから声がかかった。
「失礼します。」
メイドさんの声だ。
その声に動かされ、サンダースさんも若奥様もバーチャんも座り直す。
慌てて俺も座り直す。
スルスルと座敷の戸が開き、メイドさんが廊下に座して頭を深く下げている。
「あなたの方は終ったの?」
若奥様が優しげに声をかける。
「はい。桂子様。勝手ながら焼香させていただきました。」
焼香?仏間でお線香を上げてたのか。
「いつでも良いで。上げに来い。」
バーチャんが当たり前のように答えた。
「ありがとうございます。」
メイドさんはバーチャんに礼を述べながら再び頭を下げた。
その脇にはメガネ執事さんが微動だにせず立っていた。
「今日は突然になって、ごめんなさいね。」
「では、またの機会に。ホッホッホ。」
サンダースさんがそう告げると、若奥様と共に立ち上がり座敷を出て行く。
俺とバーチャんがその後ろに続く。
◆
玄関の土間口手前の廊下でバーチャんと並んで正座し4人を見送る。
いつの間にやら開け放たれた玄関の両戸から4人が出たので、外までお見送りをと思い俺は立とうとする。
するとメイドさんが手を突きだし制してきた。
「座敷の茶を下げず、申し訳ありません。」
そうメイドさんは告げると、静かに玄関の両戸を閉めた。
閉められた玄関の向こうでは、車が土をはむ音がしたが直ぐに静かになった。
バーチャんは無言のままで立ち上がり仏間へと入って行く。俺も続いて入る。
バーチャんは仏壇に合掌している。
その仏壇では一本の線香が燃え付きようとしていた。