7-3 準備
「今日はどちらが?」
バーチャんはメイド服の女性と面識があるのだろうか、さも知っている相手のように問いかける。
俺は慌ててバーチャんの隣に正座した。
「御二人共です。急な来訪でご迷惑をおかけします。」
「わかりました。」
「それでは失礼します。」
メイド服の女性は向きを変え、背を向けたまま玄関から出て行く。
隣のバーチャんは再び頭を深く下げた。俺も慌てて頭を下げる。
隣のバーチャんが立ち上がったようなので俺も頭をあげると、玄関口からはメイド服の女性は見えなかった。
「二郎。座敷の準備をせい。」
バーチャんは、座敷で来訪者を迎える準備をしろと言う。
その顔は真剣そのものだ。
「バーチャん。あの人は??」
「先触れじゃ。」
「先触れ??」
「そうじゃ。仏間も片付けとけ。急げ!」
「は、はい。」
バーチャんの真剣な声に、それ以上は聞けなかった。
俺は急いで座敷に入り、座敷机と座布団を出す。
御二人と言っていていたので、来客用の座布団を2枚と俺とバーチャん用で2枚。
待てよ、あのコスプレ集団は3名だったから来客用で3枚だな。
計5枚の座布団を並べたが、配置バランスが悪い。
面倒だと座敷机を囲むように6枚の座布団を出した。
えっと~。
バーチャんは仏間も片付けろと言っていた。
俺は急いで仏間に入ると、バーチャんが礼服に着替えていた。
「えっ?礼服?」
「二郎は持っとるか?」
その時の俺は普段着のジーンズに長袖のポロシャツだ。
礼服なんて持ってきていない。
「そんなの無いよ。」
そう言う俺をバーチャんが上から下まで見る。
そしてため息をついた。
「仕方がない。上着だけでも着とけ。」
なんだよいったい。
急に訪問されて、こっちが礼服を着て迎えるなんて理解できない。
礼服で迎えるような、そんなお客様が急に来るなんてあり得ないだろ。
そう思いながらも、昔使っていた部屋で帰省の際に着てきたジャケットを羽織って仏間に戻った。
仏間は既に綺麗に片付けられていた。
そして普段見たことの無いバーチャんがいた。
こちらを見たバーチャんは、うっすらと化粧をし髪もきっちりと纏めている。
俺が見たことの無いバーチャんに驚いていると、
「それしか無いか?」
急なお客様を迎えるなんて、俺には無理だよ。
「仕方ない。それで良か。お茶の準備だけしとけ。」
俺は台所に入り、お湯を沸かしながら来客用の湯呑みを揃えていると、バーチャんが玄関に向かって廊下を歩く足音が聞こえる。
あのコスプレ集団を思い出してみる。
・年配の男性
白いスーツにスッテキを持ち
白い髪に白い髭で黒ぶちのメガネ
⇒サンダースさん
・若い男性
執事服でメガネをかけていた?
⇒メガネ執事さん
・若い女性
クラシックなロングのメイド服
⇒メイドさん
ちょっと待て。
その時俺は、自分の思い込みに気がついた。
これから来るのは、あの駅で見かけたコスプレ集団なのか?
◆
バーチャんは正座し、背筋を真っ直ぐに伸ばし開け放たれた玄関から外を見ている。
そんなバーチャんの隣に俺も座る。
あれからバーチャんは、誰が来るかを言わない。
その様子に俺も聞くのを止めた。
礼服まで着て迎えるのだ。
それなりのお客様なのだろう。
そうしたお客様に対しての、俺の無礼はバーチャんの無礼に繋がる。
気を付けよう。
などと考えていると、白い大きな車が実家の敷地に入ってきた。
車の大きさは、『国の人』が乗ってきたのと同じぐらいだろうか。
方向を変えようともせず、正面から入ってくる。
玄関の正面で止まると、助手席から先程のメイド服の女性が降りてきた。
続いて運転席から、執事服を着た若いメガネの男性が降りる。
ああ、やっぱり。
メガネ執事さんとメイドさんの顔を見てはっきりした。
あのコスプレ集団だ。
メイドさんとメガネ執事さんが、後部座席の両ドアを開ける。
年配の白いスーツの男性が降りた。
やっぱりサンダースさんだった。
そしてもうお一方が降りてきた。
女性だ。まさか?!
そこには、あのチラシをくれた若奥様が立っていた。