6-6 湯上がりビール
今日の晩御飯の洗い物は少ない。
豚汁を飲むのに使ったお椀と取り皿に箸ぐらいだ。
洗い物を終えて新たにお茶を入れて、仏間でくつろぐバーチャんの所へ運ぶ。
俺とバーチャんでお茶を啜りながら、一言も喋らずに互いにPadを操作する。
ふっ。
端から見れば、会話の無い家族の風景みたいだろうな。
そんなことを考えていたら、バーチャんが話しかけてきた。
「二郎は今日はもう風呂は入らんか?」
「俺は夕方に入ったから、今日はもう入らない。」
「じゃあ、ワシが入ってくるで。ビールはその後じゃ。」
「ああ。それで問題ナッシング♪」
「なんじゃその発音は(笑」
バーチャんは仕度をして風呂場に向かった。
◆
俺は相変わらず仏間でPadを操作しては日記を読む。
先ほどから自社製品の簡易INDEXと応用INDEXの機能を駆使しているのだが、日本語では不便な感じがしてきた。
・淡路島の門
・淡路陵の門
・淡路の門
これらの3つの言葉(3語)だ。
今の俺の知識では同じだと思うが、日本語の表記方法というか「語句」が異なるのだ。
「語句」が異なるため、自社製品の簡易INDEXには3語とも登録されている。
応用INDEXも簡易INDEXに3語登録されているので、それぞれを見れば使える。
けれども日記全体を見通す為には、3語を駆使するため3回の操作が必要になるのだ。
物は試しと同じファイル名で英語版の日記を見てみると
・淡路島の門 = Gate of Awaji Island
・淡路陵の門 = Gate of Awaji Mausoleum
・淡路の門 = Gate of Awaji
やはり英語版でも表現に使われている語句が違っている。
う~ん。
どうして使っている言葉が違うんだろうと、それぞれの日記の前後を読んでみて原因がわかった。
日記の作者が違っているのだ。
それと翻訳の方向が違うのだ。
『淡路島の門』の言葉は、米軍の関係者が英文で「Gate of Awaji Island」と記した物を翻訳しているようだ。
『淡路陵の門』の言葉は、米軍の関係者がバーチャんが出てきた調査を進める中で出てきている。
それと作者が不明だが『陵の門』の言葉も見つかっていることから、日本語で書かれたものだろう。
これは俺の個人的な考えだが、『淡路陵の門』の言葉は「門が天皇陵の中にある」ことに敬意を払っているからだと思う。
『淡路の門』の言葉は、全般に渡って使われている感じがする。
しかも、お爺ちゃん、バーチャん、礼子母さん、一郎父さんと全員が使っている感じがする。
もしかしたら日記を翻訳した人が、一概に『淡路の門』の表現にしたのかもしれない。
俺のように「門とは何か」を学ぼうとする立場からすれば、ありがたい。
だが、故人の日記を読むと言う観点からすると、寂しい。
バーチャんの翻訳の監修では、この付近はどう折り合いをつけてるのだろう。
そんなことを考えていたら、バーチャんがビール瓶とグラスを持って仏間に入ってきた。
「二郎。飲むじゃろ?」
「ああ、飲む。それよりバーチャん」
「まずは飲んでからじゃ!」
制されてしまった。
その時に俺は気がついた。
俺がバーチャんの心の折り合いを心配してどうする。
バーチャんは前に言ってたじゃないか、
〉日記には『門』に関わったお爺さんや一郎、それに礼子の『思い』が詰まっとる。
〉それを嘘偽り無く残すのは3人の供養になるんじゃ。
〉そうした気持ちも持って欲しいぞ。
そうだよ。
俺がバーチャんの心の折り合いを心配するより、俺が日記から「門とは何か」を学ぶことこそが3人の思いに触れられるんだ。
語句が3種類だとか小さいことだ。
「ぷはぁ~。二郎は飲まんのか?」
「飲む飲む。」
それにしても、バーチャんは毎日の湯上がりビールで大丈夫なのか?