5-10 消えた段ボール
「バーチャんごめん。先に寝るわ」
「ワシもこれが終わったら寝るで」
バーチャんが見たがっていたテレビドラマに付き合っていたが、見慣れないテレビドラマには飽きがくる。
俺はテレビドラマ後半のCM中に、「おやすみ」をバーチャんに告げて、昔使っていた部屋に戻ろうとして思い出した。
バーチャんのお古のPadを借りよう。
「バーチャん。古いPad。借りるね」
「夜更かしは厳禁じゃ」
昨夜と同じ言葉をかけられてしまった。
大量の日記の存在を知ってから、3回目の夜だ。
初日は自分の持ち込んだノートパソコンで自力検索で読み進めたが、酔っぱらいに絡まれたのもあり挫折した。
昨夜は『国の人』が準備したノートパソコンと自社製品の組み合わせにのめり込んで夜更かしてしまった。
そして今夜だ。
これまで遅々として進んでいない気もするが、今夜からは大きく進むだろう。
自社製品が持つ能力(簡易INDEXと応用INDEX)を可能な限り活かせば良いのだ。
しかもPadを布団の中に持ち込んでリラックスした環境で臨むのだ。
進まないわけがない。
就寝前の歯磨きを済ませ、お古のPadを片手に昔使っていた部屋に戻る。
部屋の中央に布団を敷き、布団に入ろうとして段ボールが減っていることに気がついた。
俺が蹴り飛ばし、手をついて壊してしまった『Reiji』と書かれた段ボールが見当たらない。
「あれ?いつから無かった?」
あの段ボールには、3.5インチFDDが詰まっていたはずだ。
その内容はLAN-DISKに移されている。
それでもFDDが外部に出るのは不味い気がする。
情報流出を考えたらかなり不味い気がする。
「今朝も無かったか?」
ダメだ。思い出せない。
昨夜はお爺ちゃんの部屋で夜更かししてから寝た。
時間も遅かったので、慌てて布団を敷いて寝たからか覚えていない。
今朝は睡眠不足で⋯
段ボールが無くなるとしたら『国の人』が持って帰ったのか?
だとしたら昨日の昼間だ。
それなら夜も無かったかはずだ。
今朝も当然ながら無いはずだ。
どっちだ?
昨夜は無かったか?
今朝は無かったか?
ダメだ。気になる。
俺は布団から出て、仏間のバーチャんに声をかけた。
「バーチャん!」
バーチャんは布団を敷き終わり、まさにこれから寝ようとするところだった。
「二郎。どうした。一人じゃ寝れんか?」
バーチャん。
俺はもう30スギテマス。
「寝れるから大丈夫。それより⋯」
「ま、まさか、バーチャんに夜這いか!」
バーチャん。
さすがにそれは無いです。
「お爺ちゃんの段ボールが無い」
バーチャんが変な顔をした。
「昨日、連中が持って帰ったが?」
その言葉を聞いて、俺は思わず肩の力が抜けた。
よかった。きちんと持って帰ってくれたんだ。
「なら、大丈夫だね。今、気がついて⋯」
「ほか。早よう寝ろや」
「ごめん。おやすみなさい」
◆
俺は安心して部屋に戻れた。
Padを片手に布団に入って、少し考えてみた。
この日記が世の中に出たらどうなるんだろう?
俺は英文の日記を見た時に、ネット翻訳を使うことを考えたが結局はやめている。
故人の日記が変な形で世の中に出てしまうのは、何らかの問題になりそうだと思ったからだ。
今はどうだろうか?
『国の人』が設備を提供し、環境を整えるなどの支援をしてまで翻訳を進めている。
しかも、俺の養育費に相当するほどの経費もかけている。
俺が大学を出て社会人になってからも、バーチャんは翻訳の監修を続けている。
簡単に見積もっても20年以上は経費が出続けているだろう。
それにバーチャんが指摘した箇所を修正する実作業も考えれば、翻訳の監修に掛かる経費だけでは済まない。
企業として考えれば、それなりの設備投資と運用経費を投入している以上は、得られる利益も見合うものでないと事業として成立しない。
そんな利益が見込めないものに、事業的な価値は見い出せないだろう。
『国の人』が関わっているなら尚更だ。
国家やの国民への貢献という観点で意味が無いとなれば、無駄に税金を投入し続けたことになる。
そんな日記に俺が触れて良いのか?