5-7 直しかた
「バーチャん。簡易INDEXと応用INDEXを使ってるの?」
俺は仏間に戻り、お茶を啜りながらPadを操作するバーチャんに尋ねた。
「気がついたか。」
バーチャん。そこでニヤケ顔ですか?
「朝の二郎は最初っから日記を読んだと言うとった。さっきはマニュアルがあるかと言うとった。気づく頃じゃと思うとった。」
「…」
「二郎の会社のは優秀じゃ。ワシも見せられた時には随分と間違いを知らされたわ。」
「使ってたんだ。」
「使っとる。あれはかなり便利じゃ。」
「語句と言うか言葉はバーチャんが選らんでるの?」
「ワシも選ぶが国の奴らも選んどる。」
「そうか。そうだよね。」
考えてみれば『国の人』が導入したシステムだ。
バーチャんの監修作業をより正確にするには、『国の人』の意志が入るのは当たり前だ。
零士お爺ちゃん、桂子バーチャん、一郎父さんと礼子母さん、この4名が何をして来たかを整理してくれるんだ。
翻訳した文章の整合性を確認することも簡単になるだろう。
そうした便利な機能を『国の人』が使わないわけがない。
けれども気になる点がある。
バーチャんの知ってる事実で翻訳が監修される。
その際にバーチャんは簡易INDEXと応用INDEXを使って整合性を確認している。
だとすれば翻訳の間違いを直して日記を更新する必要がある。
誰が日記を更新してるんだ?
バーチャんが更新してるのか?
「バーチャんが見つけた翻訳の間違。それを誰が直して日記を更新してるの?バーチャんじゃないよね?」
「ワシはやっとらん。国の奴らじゃと思うが?」
俺の記憶では、バーチャんがPadを操作してキーボード入力をするような素振りは見かけたことがない。
「バーチャんがどうやってるか見せて。」
「ワシのやり方を見たいんか?」
「うん。お願いします。」
「仕方がないのう。」
そう言ってバーチャんはPadを操作し始めた。
何回かファイルを選んで、最後にこんな英文を見せてくれた。
The gate of Awaji Island are in the shape of torii gate.
「これが正しい英文じゃ。」
「…」
「読めんか?」
「淡路島のゲートは鳥居のシェープ?」
「ひどい翻訳じゃ。」
はいはい。俺の英語力はその程度です。
バーチャんはもう一度Padを操作して俺に見せてきた。
〉The gate of Awaji Island are in the shape of torii gate.
"淡路島の門は鳥居の形をしている。"
さっきの英文が日本語に翻訳されている。
「これでわかるじゃろ。」
「うん。英文の日本語翻訳だね。」
「じゃが、こんな間違いもある。」
バーチャんが再度Padを操作して見せてきたのはやはり英文だ。
The gaye of Awaji Island are in the shape of torii gates.
「違いがわからんか?」
そう言って再度Padを操作する。
〉The gate of Awaji Island are in the shape of torii gate.
"淡路島の門は鳥居の形をしている。"
〉The gaye of Awaji Island are in the shape of torii gates.
"淡路島のゲイは鳥居の形をしている。"
「ゲイ?」
「一郎の間違いじゃろ。」
父さん。入力ミスったんだね。
『gate』が『gaye』になってるよ。
「ワシはこうした間違いを見つけると…」
そう言ってバーチャんは英文の『gaye』を反転させてPadの右側に置かれた赤地に白抜き文字の『誤字』を押すと、『gaye』の語句が同じように赤地に白抜きに変わった。
「そんでこっちも…」
続けてバーチャんは日本語の文から『ゲイ』を反転させてPadの右側に置かれた赤地に白抜き文字の『誤字』を押すと、『ゲイ』の語句が同じように赤地に白抜きに変わった。
「これで終いじゃ。」
バーチャんは得意気な顔を俺に見せる。
「バーチャんがやるのはこれだけ?」
「そうじゃ。ワシがやるのはこれだけじゃ。」
「こうして指定するだけで直るの?」
「明後日には直ってるじゃろ。」
「ふ~ん…」
これでわかったことは、バーチャんは実際に修正作業はしていないことだ。
一郎父さんの入力ミスを指摘して、入力ミスからの翻訳ミスを指摘するだけ。
指摘された箇所を後で『国の人』が集めて直してるんだろうか?
『国の人』お疲れ様です。
俺は眼鏡スーツの男性を思い浮かべ、労いの言葉を心の中で呟いてしまった。