5-5 操作手順書
ここで俺は考え直してみた。
『自社製品』は、それほど価値のあるものか?
今の俺。
大量の日記から学習することに挑んでいるから、強く価値を感じている。
『自社製品』が学習を支援してくれるからだ。
未来の俺。
大量の日記から学習を終えた場合は、学習して得た知識の忘却を補う機能として価値を感じるだろう。
人間は忘却するのが当たり前だ。
たとえ忘却したとしても、記録があれば調べ直すことができる。
『自社製品』を使い、記録を容易に調べ直せるとなれば価値を感じるだろう。
俺以外。
大量の日記には挑んでいない。
けれどもプレゼン資料で見た限りは、複数の企業に納品されている。
それらの企業では、どの様に利用しているのだろうか?
まずはそこだな。
『自社製品』を導入した企業は、何らかの利便性を感じているから導入しているのだろう。
その利便性が『自社製品』の価値に繋がる。
その価値を独占提供することが利得に繋がる。
それが部長の思惑だろう。
大雑把な推測だが間違いは無いと思う。
さて、これからどうするか?
義憤に駈られて、部長の行為は不正だと告発するか?
意味がない滑稽な行動だ。
俺は部長から攻撃をされたわけではない。
部長が利得を追いかけようが、俺には関係が無い。
『自社製品』の資料が消えた為に、利便性を得られないことは腹立たしい。
資料を消したのが部長だと明確ならば、怒りは部長に向かうだろう。
けれども利便性は回復できない。
どれだけ怒りを部長に向けても、資料は即時に復活しないからだ。
ここまで考えて、今の俺に必要なことが見えてきた。
『自社製品』の資料、マニュアルなどを入手するのが今の俺に一番重要なことだ。
どうやって入手するか?
簡単な答えだ。
目の前で『自社製品』を使っているバーチャんから借りれば済む話だ。
俺はお茶を啜りながらPadを操作しているバーチャんに聞いてみた。
「バーチャん。昨日、バーチャんに見せた俺の会社の製品。あれのマニュアルってあるの?」
「マニュアル? 」
「そう。操作手順書=マニュアルが見たい。」
「You can look at a manual on the laptop.」
「…」
「ほら。これじゃ。ノートパソコンでみ見れるはずじゃ。」
そう言ってバーチャんはPadを俺に見せてくれた。
◆
俺はお爺ちゃんの部屋で、操作手順書=マニュアルを熟読している。
バーチャんに見せて貰ったPadの画面から、お爺ちゃんの部屋のノートパソコンでも見れることがわかったのだ。
今日の午後はマニュアルを見ながら操作を習熟することで終わりそうだ。などと考えているとスマホが震えた。
「ネット会議できますか?」14:30
彼女からのLINEだ。
俺は自分のノートパソコンを開いて社内ネットワークにログインする。
ネット会議用のソフトを起動して、開催中の会議一覧を見ると『秦由美子』の名前を見つけたのでクリックする。
ネット会議用の画面が開き、インカムを着けた彼女の顔が画面いっぱいに映し出される。
「門守りです。見えますか。聞こえますか。」
「秦です。接続は大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。」
「例の件、1課と3課の課長に聞きました。」
「どうだった?」
「二人とも、そんな製品は知らないそうです。」
やっぱり社内での知名度は0か。
これなら部長は独占がしやすくなる。
「聞いてくれて、ありがとう。」
「お役に立ちましたか?」
「かなり助かった。部長には探したけど見つからないって答えて大丈夫だね。」
「そうですよね。見つからないんだし。それしか答えようがないですよね。」
「変なお願いで悪かったね。ありがとう。」
「そうそう、課長と山田が人事部に連絡してきたそうです。」
「課長と山田が?」
「美奈から聞いたんですが、体調不良で有給休暇を取得したいって…」
欠勤からの有給休暇?
「美奈が、有給休暇申請は上司裁量だから部長に相談してくれって伝えたら、部長の許可は取っているて言われたそうです。」
「部長が許可したのか…」
「それで、有給休暇の申請を出して部長の承認を貰ってくださいって言ったら、電話じゃダメかって食い下がられたそうです。」
「なんだそれ?」
「美奈は最後に、テレワークでも申請は出せますよって伝えたら、課長が怒り出してテレワークはどうだとかゴチャゴチャ言い出してかなり困ったそうです。」
「それはひどいな。」
「最後には、『あんたんとこの課長、最悪だね』って言われて凹んじゃいました。」
「秦さん!回りに聞かれてない?」
「あっ!」
「…」
周囲を見回す彼女の顔が見えた後に、ネット会議用の画面は真っ黒になった。