5-2 消えたメール
ブブブ。
ん、なんだこの音は?
あれ?ここはどこだ?
あぁ実家か…思い出した。
俺は有給休暇を取って実家に帰省中だっんだ。
う~ん。だいぶ頭がスッキリしてきた。
窓の外からの雨音は無くなっていた。
朝から降っていた雨はやんだようだ。
「11:15」
3時間ぐらいか。仮眠したのは。
仮眠からの目覚めはスマホに届いたLINEによるものだった。
「ネット会議に参加してください。」11:13
彼女からのLINEだ。
俺は体を起こして洗面台で顔を洗った。
「起きたか。大丈夫か?」
「うん。スッキリした。」
仏間から顔だけ出したバーチャんが、心配そうに声をかけてくれた。
こうして体を起こして顔を洗うと、意識がハッキリしてくる。
これなら大丈夫だろう。
お爺ちゃんの部屋に入り、ノートパソコンを開いて社内ネットワークにログインする。
昨夜は繋げなかったのが、今日は問題なくログインできた。
ネット会議用のソフトを起動して、開催中の会議一覧を見ると『秦由美子』の名前を見つけたのでクリックする。
ネット会議用の画面が開き、インカムを着けた彼女の顔が画面いっぱいに映し出される。
「秦です。見えますか。聞こえますか?」
「門守りです。見えます聞こえます。」
「接続は大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。」
ネット会議は問題ないようだ。
「インカム着けてるけど、課長は今日もお休み?」
「課長も山田も休みです。」
「で、どうしたの?何かあった?」
「無いんです。」
それ一ヶ月前の男に言う言葉だ。
昨夜の男に言う言葉じゃない。
そんな台詞を思い出した。
「資料を送付したメールが無くなってるんです。」
「資料って、あの資料?」
「はい。昨日のメールです。」
俺は彼女の言葉で察した。
昨日、彼女が大量文書を検索する製品に関するメールを送ってくれたが、そのメールが無くなったらしい。
「送ってくれたメールが無くなってるのか?」
「はい。部長に言われて、あの資料を課員全員で探してるんです。ファイルサーバーのも消えてて、私の送信メールも消えてるのに気がついたんです。」
「それって、秦さんの送信BOXから消えてるってこと?」
「はい。送信BOXも見直したけど見当たらないんです。」
「ちょっと待って。俺も確認する。」
俺は社内メールを開いた。
数通の未読メールがあったが、今は彼女が送ってくれたメールが先だ。
彼女が送ってくれたのは、
・プレゼン用資料
・「お試し版」のマニュアル
この2通のはずだが見当たらない。
俺は社内メールはフォルダを作って豆に整理をする。
間違えてフォルダに投入していないか、全てのフォルダを確認したが見当たらない。
「確認した。俺のも消えてる。」
「私だけじゃないんだ…」
何でだ?何で消えてるんだ?
待てよ。ファイルサーバーの原本は大丈夫か?
「秦さん。送ってくれた資料の原本ってどこにある?」
「ファイルサーバーです。それも消えてます。」
「昨日のファイルはローカルに、自分のパソコンに落としてる?」
「ごめんなさい。ファイルサーバーから直接送ったんで落としてないです。」
「以前に扱った案件なら手元に残ってたりしない?」
「それなんですけど…」
彼女の話では、昨年にデスクの作業用パソコンを入れ換えたそうだ。
その際に、資料は全てファイルサーバーに移動したそうだ。
その後は新しいパソコンなので、可能な限りローカルに資料を残さないで使っているので何も残ってないそうだ。
「俺も自分のパソコンに落とさなかったから残ってないな。」
「ファイルサーバーは間違えて消す人がいるかもしれないけど、メールまで消えるって変ですよね?」
「確かに変だな。急ぎで必要なのか?」
「部長に言われて課員全員で確認したけど、皆が持ってないんです。」
「待って待って。部長に言われた?」
「はい。朝一番で課員全員が集められて部長から言われて…」
「バックアップは?」
「部長から社内システム部に連絡してるそうです。」
なんか引っ掛かる。
「他の課は?他の課に部長は指示してるのか?」
「どうなんだろ?聞いてみます?」
「…いや、ちょっと待って。あまり公言しない方が良いかも?」
「??」
どうして部長が課員を集めて探すように指示を出すんだ?
ファイルサーバーから消えたなら、バックアップを管理している社内システム部に確認すれば済むはずだ。
「秦さん。しっかり聞いてくれ。細かいことを思い出して欲しい。今朝、部長が直接来て課員を集めたんだね?」
「はい。部長が直接来て緊急で集められました。ファイルサーバーから消えてるので、メールに残している人やローカルに保存している人は申し出るようにって…」
「それで?誰か何か言ってた?」
「課の全員が製品のことを知らなくて、私だけが知ってたんで調べますって答えたんです。」
「なるほど。課の全員が部長が資料を探してるのを知ってるんだね。」
「そうですけど??」
このとき、俺はあることを思い出した。
「なら、他の課にも聞いてみて。但し口頭で聞くんだ。メールで公に聞くとそのメールも消えるかもしれない。」
「??」
「わかった?口頭で聞くんだよ。」
「はい。わかりました。」
「じゃあ、切るぞ。」
「はい。」
彼女の返事を聞いた俺は、ネット会議用の画面を閉じた。