4-1 新玉の収穫
「今朝は元気がないのう。」
「バーチャん。やめて…イタタ」
今朝もバーチャんが下半身部分だけ布団を捲って起こしに来た。
確かに今日は息子に元気がない。
親にも元気がない。
足腰に痛みを感じて素直に起き上がれない…イテテ
「どうした。元気がないのう。」
「なんか足腰が痛くて…イタタ」
「筋肉痛か?今日は休むか?」
「いや、新玉の出荷だろ。手伝う…イテテ」
「使いもんにならんか?」
「いや、起きる。手伝う…イタタ」
これって筋肉痛だよな。
昨日は大丈夫だったのに…イテテ
「起きれたなら飯じゃ。」
筋肉痛が遅れて来るのって、加齢の兆しと言われるがこんな感じなのか…イタタ
一昨日は畑で草むしりをした。
昨日の朝は大丈夫だった。
昨日は畑で新玉ねぎを収穫した。
今朝の痛みはそのせいだろう。
加齢の兆しなんかじゃないと信じよう…イテテ
◆
布団を畳み身支度を整える…イタタ
神棚と仏壇への挨拶をいつものとおりに済ませる…イテテ
いつもの実家の朝食をいただく…イタタ
朝食後の洗い物を終えた付近で、なんとか痛みに耐えれるようになってきた。
作業着に着替える前にお爺ちゃんの部屋に入り、社内メールを見るが未読が1件もなかった。
昨夜見たときから1件も社内メールが増えていないのだ。
昨夜の彼女の話では、部長が定時で帰れと号令を出したそうだ。
その影響で、1件も社内メールが入っていないのかも知れない。
通常は他部署からの社内メールなどが入るから、1件も社内メールが無いのはかなり珍しい。
そう言えば彼女は、経理と人事の同期と飲んでいた。
もしかしたら、全社的に定時帰りを実行したのかも知れない。
全社的に急遽の定時帰りを進めたのだろうか?
通常はそうした全社的な定時帰りを推奨する場合は、総務発で定時帰りを推奨する社内メールが出される。
それすら見当たらない。
俺と同様にテレワークをしているであろう方々からの、社内メールも見当たらない。
社内ネットワークも止めたのだろうか?
それならやはり、総務発で案内が出るはずだが?
釈然としない状況だが、俺は彼女にお客様に提案した件のメールを発信した。
秦由美子さんへ
過去のお客様提案について教えてください。
大量の原文書があります。
その原文書の一つを閲覧しながらも、不明な語句などを大量の原文書から容易に検索できる環境を提供する案件です。
私の記憶では貴職の提案が採用され、先方は大変に喜んだと記憶しております。
私事ですが、現在、類似案件で手間取っております。
お力添えを頂ければ幸いです。
門守二郎
俺は社内ネットワークからログアウトし、早朝のテレワークを終えた。
◆
「どう?バーチャん。出荷できそう?」
「大丈夫じゃ。集めるぞ。」
ショッキングピンクの軽トラで畑に来た俺とバーチャんは、新玉ねぎを集め始めた。
昨日と同じ畑に来る際、俺が運転を申し出たがバーチャんに断られた。
「筋肉痛の二郎の運転じゃ怖いからダメじゃ。」
はいはい。
筋肉痛な孫への愛情と受け止めます。
周囲の畑では、同じように作業をしている方々が見受けられる。
あの方々は昨日と同じ組なのだろう。
俺とバーチャんは農業用のコンテナカーに農業用コンテナを乗せ、そのコンテナに黙々と新玉ねぎを入れて行く。
ガッツリと新玉ねぎを入れた農業用コンテナは、それなりの重さになる。
このコンテナカーがないと、車まで運ぶのは大変なのだ。
「バーチャんはどうやって車に乗せてたの?かなり重いから大変でしょ?」
「車まで運ぶと皆が助けてくれるんじゃ。ありがたいことじゃ。」
ふと周囲を見ると、隣の畑で作業をしている方々の中の何人かが、こちらを指差して何やら話し合いをしていた。
例年の収穫の度に、きっとあの方々がバーチャんを手伝ってくれていたのだろう。
本当にありがたいことだ。
無事に全ての新玉ねぎを農業用コンテナに入れて、ショッキングピンクの軽トラまで運び終えた。
ショッキングピンクの軽トラの側には、先ほどこちらを指差していた方々がいて声をかけてきた。
俺はこの人を知っている。
元整備士で今はマクドの店長のお兄ちゃんの父親だ。
「桂子ばあちゃん。今日は二郎くんがいるから大丈夫か?」
「朝から元気の無い二郎じゃが大丈夫じゃ。」
バーチャん。
余所様の親子に、連日で朝から孫の下半身の話をするのは勘弁してください。