3-13 二人目の酔っぱらい
電話を切った俺は社内メールを読んだが、俺個人に宛てて送られているものはなかった。
パワハラ課長宛てに送られているものが4通ほどあり、内容としてはパワハラ課長に回答を求める物だった。
そういえばこの手のメールが来ると、パワハラ課長は誰それ構わず課員に割り振っていたのを思い出す。
パワハラ課長はこの手のメールをわざわざ印刷して、担当しろと手渡しに来ていた。
そして課長に印刷されたメールを渡されると、終電残業が決まってしまう。
そんな毎日を過ごしていた。
前課長の時には、課長を名指しの案件は課員に割り振られることは無かった。
全てを前課長が回答していた。
課としての回答を求められた時だけ課員に割り振られることはあったが、それも課員の忙しさを考えての物だった。
こうした差が、課員の忙しさになるのだろう。
やはり連日の終電帰りには、パワハラ課長が関わっていたんだと痛感する。
今日のパワハラ課長は無断欠勤と知っているが、さほど回答期限が差し迫っているように感じられず放置することにした。
パワハラ課長を名指しで回答を求めているのだから、前課長のように名指しされた当人が回答すれば良いのだと思うことにした。
社内ネットからログアウトして、大量の日記との格闘に戻ろうと思ったが少し考えた。
今日の午後、半日とまでは行かないが不明な語句を検索しながら日記を読み進めたが、今の環境では少々不便な感じがする。
そう言えば彼女が、類似状況の解決策をお客様に提案していたような…
俺はスマホで彼女にLINEを打った。
「話がある。電話して良いか?」19:35
直ぐに既読になった。
と、言うことは彼女の手元にスマホがあるということだ。
俺は返信を待った。
10分ほど待ったが、LINEは既読のままで返信がないのでトイレに行き、再びお爺ちゃんの部屋に戻った。
スマホを見ても着信も彼女からのLINEの返信もないので、再度、彼女にLINEを打った。
「電話では話せないか?」19:57
直ぐに既読になった。
5分ほど待ったが返信がないので、大量の日記に戻ることにした。
先程の続きで、『継ぐ』で検索をかけるとノートパソコンの画面には大量の『継ぐ』を含んだ文章が出てきた。
その検索結果を眺めて『何を継ぐ』のかを読み取ろうとした時、スマホが震えた。
見れば彼女からの着信だ。
「はい。門守です。」
「カドモリ君。」
聞きなれない女性の声だ。
着信を見直したが「秦由美子」と出ている。誰だ?
「由美子、泣いてるよ。(シクヒク…」
えっ?
「な、なんで泣いてるんだ?」
「女を泣かすなんて罪な男ねぇ~(ズズズ…」
まてまて、俺は何もしてないぞ。
「門守くん。聞いてる?(シクヒク…」
「い、いや、俺は何もしてないけど…」
「由美子、門守くんからのLINEだって見せてくれたけど。これって別れ話?(ズズズ…」
「???」
ちょっと待て。待ってくれ。
待ってください。
「違うの?」
「ち、違います。」
「…(由紀、違うって」
ユキ?誰だ?
さっき一緒に飲んでるといってた同期か?
まだ飲んでるのか?
「ほら、由美子。門守くんだよ。」
「シクヒク…ズズズ」
女性の鳴き声に混ざって鼻を啜るような音が聞こえる。
「センパぁい。シクヒク…ズズ」
「ど、どうした?」
彼女の声だ。なんで泣いてるんだ?
「別れ話ですかぁ~ ヒクシク…ズズズ」
な、何を言ってるんだ。こいつは!?
その時、ガラリと戸が開きバーチャんが声をかけてきた。
「二郎!風呂入れや。ワシは済ませたぞ!」
はいはい。
ただいま取り込み中なので、終わったら入ります。
◆
なんとか電話で彼女をなだめた。
彼女との電話中に、同期の由紀さん(経理だそうです)と美奈さん(人事だそうです)とも話をして彼女が泣き出したいきさつを理解した。
俺からのLINEを由紀さんに見せたら、
「これ。絶対に別れ話だ。私の時もそうだった!」
そんな話をされたそうだ。
(由紀さん。ご愁傷さまです。
俺が集団見合いの話の途中で電話をブチ切りしたので怒っているのでは?
そんな心配をしていたところに俺からのLINEが届いた。
経理の由紀さんに見せたら別れ話だと言われて不安になった。
更に追い討ちで俺からのLINEが届いた。
最後のLINEを見て、人事の美奈さんが別れ話かどうか確認の電話をしてきたそうだ。(美奈さん。姉御肌ですね。
最後に人事の美奈さんが、彼女を送って行くと言ってくれたので少し安心して電話を切った。
結局、彼女がお客様に提案した解決策の話は電話では聞けなかった。
というか、そもそも俺は彼女(秦由美子)とは付き合っていないはずだ。
なんで勝手に別れ話だと騒がれて、俺がなだめる必要があるの?
なんか疲れた。
朝の農作業の疲れが出てきたのだと思うことにした。
決して別れ話で疲れた訳じゃないからね。
もう大量の日記に向かう気も無くなってしまった。