3-9 真実
はぁ~。
俺はため息が出てしまった。
どうしようか?
バーチャんと共に仏間に戻り、俺はバーチャんの入れてくれたお茶を飲みながら思案する。
大量にある日記には、翻訳された日本語版があるとわかった。
それでも量は変わらない。
概算で2万件と言う物量は変わらない。
それを俺はこれから全て読むのか?
目の前のバーチャんは、いつもと変わらずにPadを操作しながら、時折、お茶を啜っている。
「バーチャん。そのPadで見てるのって日記?」
「そうじゃ。このPadを持って来よってから時間のある時にやれるで随分と便利になったぞ。」
バーチャんがPadを操作しているのを始めて見たのは8年前だ。
あの時には、既にバーチャんは日記の翻訳を監修する副業をPadでしてたんだね。
俺、今まで何も気がつかなかったよ。
「バーチャん。何で副業を引き受けたの?」
「頼まれたからじゃ。」
ですよねぇ~
聞いた私が馬鹿でした。
無駄な質問でした。
「お爺さんもやってたんでしょ?」
「さっきも言うたが、お爺さんが亡くなってそれを引き継いだんじゃ。」
なるほど。
副業で俺を養ってくれたお爺ちゃん。
そのお爺ちゃんが亡くなったらバーチャんも収入が無くなるから引き継ぐのも頷ける。
待てよ。始まりはどうなんだ?
お爺ちゃんが副業として引き受けた最初がある筈だ。
どうしてお爺ちゃんは引き受けたんだ?
「バーチャん。どうしてお爺ちゃんは引き受けたんだろう?頼まれたからってのはわかるし副業だからお金になるのもわかる。それ以外に引き受けた理由が…」
「礼子と一郎が死んだからじゃ。」
えっ?
お爺ちゃんが引き受けたであろう理由をバーチャんから聞き出そうと言葉を選んでいたのに、衝撃的な答えが返ってきた。
「元々は、お爺さんの仕事じゃった。礼子と一郎が引き継いだが二人が死んで、お爺ちゃんが再開したんじゃ。」
そう言えば俺は、誰からも一郎父さんや礼子母さんの死因を知らされていない。
バーチャんからも聞かされていない。
一郎父さんと礼子母さんが亡くなってからお爺ちゃんが再開したなら、お爺ちゃんは二人の日記も読んでるだろう。
そして目の前にいるバーチャんも同じ様に読んでるだろう。
自分が育てた子供の生前の日記。
二人が亡くなった後で、そんな二人の日記を読み返すなんて心が辛くならないのだろうか。
副業だからと割り切って、翻訳の監修作業ができたのだろうか。
今のバーチャんも出来ているのだろうか。
「バーチャん。辛くない。」
「なんじゃ。肩でも揉んでくれるんか?」
「ごめん。そっちの意味じゃなくて…」
「二郎や。よう聞け。」
バーチャんが真剣な顔で語りだした。
「日記には『門』に関わったお爺さんや一郎、それに礼子の『思い』が詰まっとる。それを嘘偽り無く残すのは3人の供養になるんじゃ。そうした気持ちも持って欲しいぞ。」
俺は何も言えなかった。
ため息も出なかった。
「それに『門』については関わった人しか真実を知らん。単純に翻訳して終わりじゃない。ワシやお爺さん。一郎や礼子でしか嘘か真実かを判断できんのじゃ。まぁ、そのおかげで良い副業になるんじゃがのう。」
バーチャん。そこでニヤリと笑わない。
「二郎は日記を読みたければ読めば良い。面倒ならやめれば良い。それだけじゃ。」
そうなんだよね。
俺が一生懸命に2万件越える日記を読む義務はないんだよ。
仕事じゃないんだし。
副業じゃないんだし。