3-3 軽トラの秘密
「バーチャん。運転させてくれ。」
新玉ねぎの収穫を終えて実家に戻る際に、ショッキングピンクの軽トラの運転を代わるように頼んでみた。
実家にいる間ぐらいはバーチャんの手助けをしたい思いから、久しぶりだが車の運転を申し出てみた。
地方出身者が東京の大学生として独り暮らしをする際には、車は絶対に必要だというものではない。
基本的に通学に車は不要だし、レジャーなどで必要な時にはレンタカーでも済ませられる。
後に社会人になって車通勤を始めたり、業務上で車の運転が必須にならない限りは運転する機会は限りなく少なくなるだろう。
社会人となってから車通勤もせずにマイカーを持っても、週に一度の買い物で使うぐらいになってしまうだろう。
それでも地方出身の大学生で運転免許を有している者がいるのは、地方では車の運転ができないと生活に支障を来すからだ。
大学卒業後を見据えて高校3年生の18歳で取得する者もいれば、大学在学中に取得する者もいる。
俺の場合は前者だ。バーチャんの勧めもあり高校3年生の18歳で自動車学校に通わせてもらった。
大学在学中の帰省では、毎度、農作業を手伝いバーチャんに代わって車の運転をしていた。
その後、社会人になってからは季節ごとに帰省ができていないので、バーチャんに代わっての運転は久しぶりである。
それに車の運転が、実は半年ぶりなのだ。
前に運転したのは、去年の寒くなる前だ。
レンタカーを借りて、同僚の引っ越しを手伝ったのが最後の運転だったと思う。
その同僚も年明けからの激務に心と体を壊してしまい、今年の春前に実家に戻った。
あの引っ越しから、わずか半年の新居生活だったんだな。
「二郎が運転するんは大丈夫か?」
「大丈夫。ノープロブレム。」
「『l』の発音が悪いのう。no problem が正しい発音じゃ。」
発音は指摘されたが運転は代わってもらえた。
「ハイブリッドの軽トラなんてめったに運転できないから、運転させて欲しいんだ。」
「よかろう。事故るなよ。」
「危ないと思ったら直ぐに交代してくれ。」
そう言ってバーチャんから鍵を受け取った。
座席の位置を少し合わせてから座り込み、シートベルトをする。
鍵を差し込みイグニッションを回すとメーターパネルに明かりが灯る。
なんだこのパネル?
今まで気がつかなかったが、アナログ計器じゃなくてフル液晶パネルになっている。
軽トラでハイブリッドだとここまでするのかと感心しつつ、液晶パネルをよく見てみたらATなのに気がついた。
バーチャんもシートベルトを着けたようなので、ブレーキを踏みながらシフトレバーをDレンジに入れた。
ブレーキから足を下ろすが動き出さない。
ハイブリッドだとクリープ現象も出ないんだと感じながら、少しだけアクセルを踏んでみた。
すると液晶パネルのシフト表示部分に『4WD』と緑色で表示された。
この軽トラ4WDに自動切換するのか?
そこまでハイスペックになってることにかなり驚いた。
「バーチャん。この車、面白いな。」
「おお。二郎もそう思うか。」
畑の脇から舗装された車道に出て、少しだけ踏み込んでみたがかなりレスポンスが良い。
速度が乗ったのでアクセルを緩めると『4WD』の表示が消えた。
なるほど、フルタイム4WDではないんだなと車の性能を確認するように、久しぶりの運転を楽しんだ。
ショッキングピンクの軽トラだけど。
かなり凝った作りの軽トラに感心していたが、少々、頭の片隅に疑問は残る。
これだけの軽トラを、あの元整備士のお兄ちゃんがどうやって手に入れたのか?
俺の知識では、軽トラのハイブリッドなんて市販されていないと思う。
『踏み間違い防止も着いとる』と言ったバーチャんの言葉からすれば、装備も選べるから市販されてるのかもしれない。
市販されていない車なんて、容易く手に入らない筈だ。
色々と考えていたが、バーチャんに聞いても『わからん』と言われて終わりそうな気がする。
やっぱり、元整備士のお兄ちゃんに聞くしかないな。
「どうじゃ。この車は?」
「かなり運転しやすいな。」
「高速は走れんが便利じゃ。」
「高速は走れないの?」
「ダメと言われよる。」
「へぇ~何でだろう。」
「わからん。」
はいはい。
やっぱり『わからん』で終わるんですね。
◆
久しぶりの運転だったが、何事もなく実家に帰りついた。
軽トラを車庫のような建物に納め、母家に戻ろうとするとバーチャんが軽トラに何かを繋ごうとしている。
「バーチャん。それって充電?」
「ハイブリッドじゃからな。」
あれ?
ハイブリッドで充電できるのは、プラグインハイブリッドと呼ばれるタイプだよな。
そんな軽トラが市販されてるとは思えない。
やはり元整備士のお兄ちゃんに、ショッキングピンクな軽トラの出所を聴いておこう。