2-18 バーチャんの願い
ちゃっちゃかちゃかちゃか
ちゃんちゃんちゃーん
急にバーチャんのPadから音楽が流れた。
公共放送の料理番組、オープニングに使われている音楽だ。
「二郎、まだ続けるか?」
「いや、今日はこれ以上は無理。一度にいろいろ話を聞いても受け止めれない。」
「そうか、ワシも見たいテレビがあるんで助かるわい。」
「明日も話してくれる?」
「かまわんぞ。明日はどこから聞きたい?」
「その前にお礼が言いたい。」
「お礼?」
「ここまでの話でバーチャんとお爺ちゃんとは、母さんや父さんに俺までも血の繋がりがないのがわかった。」
「…」
「それでも育ててくれてありがう。」
「よかよか。気にするな。」
「本当にありがとう。」
「ワシはテレビ見とるけん。風呂入ってこい。」
「ああ、そうする。」
俺は正座して深く頭を下げ、バーチャんに心から礼を述べた。
どうしても育ててくれたお礼を言いたかった。
「じゃぁ、風呂入ってくる。」
そう言ってバーチャんの顔を見ると、今までで一番優しい顔を見た気がする。
俺は自分の言葉に酔ったのだろう。
目が熱くなり汗が出るのがわかった。
◆
ゴーゴーゴー
ジャグジーの音の中。
一人で考えてみた。
バーチャんの話からすれば、バーチャんもお爺ちゃんも、この世界の人間ではない。
一郎父さんも礼子母さんも、この世界の人間ではない。
もしかして俺も?
少し不安になったが俺には別世界の記憶はない。
それにバーチャんに聞けばわかることだ。
「さすがに考えすぎだな(笑」
自分で考えて自分で笑ってしまった。
この後は会社のメールでも見て、バーチャんの話で出て来た核実験とかを調べよう。
特に『セダン核実験』を調べていて気になった件も知っておきたい。
それに今日は詳しく聞けなかった、お爺ちゃんが亡くなったという『阪神淡路大震災』も調べておきたい。
久しぶりにネットを見ながら寝てしまいそうだ。
◆
風呂から上がった俺は、買ったばかりのパジャマに着替え仏間の前の廊下に座っていた。
風呂が空いたことをバーチャんに伝えに来たが、仏間の障子戸の向こうから聞こえるバーチャんの声に足を止めてしまったのだ。
お爺さんや
あの子に話す時が来ました。
何もかも話します。
礼子や
あの子は優しい子に育ちました。
実に立派な人間になりました。
一郎や
あの子は『守る』に相応しいかい。
安心おし相応しい人間に育ったよ。
バーチャん…
きっと仏壇の位牌に向かって話してるんだろう。
だめだ、こんなシーンに触れたら目が汗をかいてしまう。
俺は立派な人間なんかじゃない。
パワハラ課長に仕事を増やされ、心が疲れてしまうような人間なんだ。
仕事が辛くて逃げ出してしまうような人間なんだ。
バーチャんに頼って実家に逃げ帰るような人間なんだ。
お爺ちゃんやバーチャんのように、奴隷の経験も無い。
全く知らない世界で生きてきた経験だって無いんだ。
まだまだ弱い人間だよ。
二郎や
早く曾孫を見せとくれ。
…
……
バーチャん!
俺が聞いてるって知ってるだろ!
俺は思わず仏間の障子戸を開けて叫んでしまった。
「やっぱり居たんじゃな?」
俺が障子戸を開けると、バーチャんが仏壇に手を合わせながらニヤニヤと笑って俺を見ていた。