19-1 守人へ
「センパイ。起きてください」
由美子、今朝も綺麗だね。
「え、今、何時?」
「7時です」
「顔を洗って、これに着替えたら神棚と仏壇です。朝御飯が待ってますよ」
そう言って彼女は部屋を出ていった。
隣を見れば彼女の布団は既に畳まれていた。
カーテン越しの窓からは朝の陽射しを感じない。
むしろ『ぽつんぽつん』『ぽたぽた』と軒の雨だれのような音が聞こえる。
体を起こし彼女を見習って布団を畳んだら、トイレで用を済ませ洗面台で顔を洗い着替えを済ませる。
座敷の神棚に手を合わせる際に、受けてきた御札を納めていないことに気がついた。
受けてきた御札をどうするか、後でバーチャんに確認しよう。
仏間に入るといつもと同じ線香の香りがした。
その線香も燃え付きようとしている仏壇へ合掌する。
神棚から仏壇へと手を合わせたので台所に向かえば、既に食卓にはバーチャんが座っていた。
彼女が両手持ちのお盆でお椀を運んでくる。
きっと中身は昨夜と同じ豚汁だろう。
3人で食卓につき、黄金色の小山から取り皿に『いなり寿司』を取り分けて行く。
「「「いただきます」」」
皆で手を合わせたら朝食だ。
『いなり寿司』も豚汁もうまい。
「二郎、由美子さんから聞いたが、進一から荷物が届くらしいな?」
バーチャんが話しかけてきた。
「ああ、午後には山本さんが持ってくると言ってた」
「連日の御苦労じゃな(笑」
「そうだ!バーチャん聞き忘れてた。山本さんが新しい担当なの?」
昨夜、さも当然のようにバーチャんが『いなり寿司』を山本さんに渡していた。
きっと山本さんが新しい担当になったのだろう。
「二郎、その付近を詳しく知りたいんか?ん?」
「⋯⋯!」
「???」
バーチャんの口調に、俺は思わず話を止めてしまった。
それを察したのか彼女が、一瞬、首を傾げる。
「二郎は詳しく知りたいんか?ん?」
しまった!
バーチャんがこの口調で2度も話してくる時は、何か言いたいことがある時だ。
今の『淡路陵の門』の当代はバーチャんであって俺ではない。
俺はバーチャんから後を『継ぐ』宣言もしていないし、自分が『淡路陵の門』にどう関わるか⋯自分がどんな立ち位置かを『国の人』に話していない。
そんな俺が、山本さんが新しい担当なのかとか、眼鏡さんの異動だとかを問い掛けるのは筋違いだ。
「いや、ごめん。俺は『彼ら』に名乗りをしてないから、俺がどうこう問い掛けるのは筋違いだね」
「よしよし」
「⋯⋯」
俺が思わず聞いてしまったことで、朝の食卓の雰囲気が悪くなってしまった。
察しの良い彼女は黙ってくれたが、それがまた食卓に沈黙を招いている。
バーチャんが誉めるような言葉を返してくれたのがせめてものすくいだ。
そんな沈黙を破ったのは彼女だった。
「不思議に思ったんですけど⋯センパイは『淡路陵の門』の『守人』じゃないんですか?」
「!!!」
「ニヤニヤ」
俺は彼女の言葉に、まさに目から鱗が落ちる思いだった。
バーチャんはニヤニヤしながら豚汁を飲んでるし、彼女は『どうしてですか?』と聞きたそうな顔を見せてくる。
彼女に言われて気がついた。
俺は『継ぐ』の意味を知りたくて、彼女の実家の『隠岐の島』を訪ねた。
そこでは当代を『継いだ』進一さんから『継ぐ』ことが何かを学んだ。
そして彼女の父親である剛志さんから当代を『継げない』話しも学んだ。
それらの学びの全ては『当代』を念頭にしていたものだ。
だが『守人になる』事については、全く頭になかった。
進一さんからも教えられた『守人』は門に関わりし人々であって、決して『当代』ではない。
現時点で守人の筆頭と言うか、代表者になる『継いだ』者が『当代』だ。
「進一や剛志から聞いとらんのか?(ニヤニヤ」
「⋯⋯」
「???」
バーチャんがニヤつく顔で俺を見てくる。
そんな俺とバーチャんのやり取りに彼女は首を傾げるだけだった。
◆
朝御飯の洗い物を済ませ、3人分のお茶を入れて仏間に運ぶ。
彼女とバーチャんは公共放送の朝の連続テレビドラマな人になっていた。
俺は二人にお茶を出し、座卓に着いて一緒にテレビドラマな人に仲間入りする。
しばし一緒に眺めていると、画面が切り替わりニュースの様な内容に変わった。
「桂子お婆ちゃん、昨日の分も見て良いですか?」
「由美子は見とらんのか?構わんぞ」
そう言ってバーチャんが彼女にリモコンを渡すと、彼女はリモコンを操作して録画リストを出した。
ああ、彼女は昨日は朝の連続テレビドラマを見ていなかったと思い出す。
彼女が過去の分も見始めたら、バーチャんも一緒にテレビドラマな人になりそうだ。
これでは朝食で話に出た『守人』になるための話が聞けないだろう。
どうする?
彼女とバーチャんがテレビドラマな人から戻ってくるのを待つか?
いや、そもそもバーチャんから聞き出すという考えが正しいのかがわからない。
Padで調べるか?
それとも⋯
俺は仏間を出て寝泊まりしている部屋に行きスマホを手にした。
アドレス帳から『国の人な眼鏡』を選んで通話する。
プップップッ
トゥルートゥルー
「はい」
呼び出し音2回で眼鏡さんの声がする。
「門守です。眼鏡さんですか?」
「⋯はい、眼鏡です。二郎さんですね。どうかされましたか?」
「朝からすいません。今、お話が出来ますか?」
「えぇ、大丈夫です」
「教えて欲しいことがあります」
「はい、何でしょう?」
「『守人』になるにはどうすれば良いですか?」
「えっ?」
俺が単刀直入に尋ねると、眼鏡さんから驚きを表す声が返ってきた。
「すいません。折り返し電話して良いでしょうか?」
「はい、お待ちしております」
プツン
通話が切られた。
俺は通話の切られたスマホを眺めながら『賽は投げられた』と実感する。
サイコロはもう振られてしまった。
いったん決断して行動を始めた以上、最後までやりぬくしかない。
お爺ちゃんの部屋に行き、『国の人』が持ってきたノートパソコンを起動する。
眼鏡さんから貰ったユーザーIDとパスワードを入力して、Saikasにログインしたら日記を書くメニューを開く。
今の俺の考えや決意を日記にして残したいと思った。
この決意をどう文章で表現するかを考えた。
いろいろと文章を考えたが、とにかく決意だけを残そうと思い、端的な文章にとどめた。
ーーー
2021-05-07-001
守人になる決意をした。
Jiro
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