18-28 湯上りハイボール
残りの未読メールを全て読み、その全てが情報共有であると確認して、先程のメールを読み返す。
パワハラ課長と山田のやらかした件が、社内的に収束に向かうのは構わない。
だが、彼女や鈴木さん田中君の気持ちはどうなのだろうかと考えてしまう。
そして、俺自身かどうなのかも、改めて考えてみる。
その考えの中に『どうせ辞める会社だから』という考えが浮かんでしまった。
コンコン
お爺ちゃんの部屋をノックする音で思考が止められた。
彼女が顔を見せ声が掛かる。
「センパイ、お風呂空きましたよ」
「ああ、ありがとう」
俺がノートパソコンに向かうのを見て、彼女が俺の側に来る。
彼女から漂う湯上りの香りが心地よい。
「メール、かなり来てます?」
「それなりに来てるよ。そうか、由美子は見てないか⋯」
「ええ、月曜に会社でメールを読むのが怖い気がします」
「ハハハ 未読だらけだろうから覚悟が必要かもね(笑」
「特に急ぎで見た方が良いのあります?」
「あるけど⋯時間は大丈夫なの?」
そう言ってノートパソコンの時計を見ると21時の10分前だった。
「もう始まるから、見ない方が良いと思うよ。明日でも大丈夫だよ」
「なら、明日にします」
彼女が同意してくれたのでノートパソコンを閉じた。
「そうだ!センパイ、桂子お婆ちゃんから伝言です」
「えっ?伝言?」
「『風呂は二郎が最後じゃ』だそうです(笑」
「はいはい(似てますよ(笑」
彼女のバーチャん物真似に笑顔が出てしまう。
彼女と共にお爺ちゃんの部屋を後にし、彼女はテレビドラマを見るために仏間に向かった。
俺はパジャマや肌着を取りに寝泊まりしている部屋に向かう。
部屋の戸を開けて並べて敷かれている布団を凝視する。
『そうだった』
今夜は彼女と一緒に寝るんだと、再認識した。
Padやらスマホやらの充電器を引っ張りだし電源に繋ぎ、並べて敷かれた布団の枕元で充電を始める。
彼女の準備してくれたパジャマと肌着を持って風呂に行く際に仏間を覗くと、既に二人がテレビの前に張り付いていた。
◆
「バーチャん。風呂も洗っといた」
湯上がりで仏間のバーチャんに声をかけたが返事がない。
バーチャんは彼女と一緒にテレビドラマに見入っていた。
座卓の上には空のビール瓶と泡が少し残った空のグラスが2つ。
どうやら二人はテレビドラマを見ながらビールを楽しんだようだ。
「俺もビールもらうよ」
そう声をかけたが、二人から返事はない。
俺は冷蔵庫から瓶ビールと凍らせたたグラスを出して仏間に戻った。
シュポン!
瓶ビールの栓を抜く。
凍らせていたグラスにビールを注ぐ。
グビグビグイ。
ぷはぁ~
旨い。
湯上がりのビール。
最高!
どれどれ。
もう一杯。
と、俺の前にバーチャんと彼女が空のグラスを突き出してくる。
二人ともテレビから目を外さずに。
(はいはい)
心の中でそう思いながら、3つのグラスを満たすと、音もなく2つのグラスが姿を消す。
グビグビグイ。
ぷはぁ~
旨い。
さて、もう一杯⋯と思ったが既に瓶ビールは空になった。
「由美子さん、まだ飲めるか?」
「はい、飲めますよ」
「ワシは二郎特性の酒が飲みたいんじゃ」
「あれですね、ハイボール!」
そう言って二人が揃って俺を見てくる。
二人の向こう側のテレビはCMらしく、あの音楽が流れている。
(ウィスキーがお好きでしょぉ~)
「ワシはこの歌が流れると、無性に二郎特性の酒が飲みとうなるんじゃ」
「私もですぅ~」
それって『アル中』の階段を登り始めていると思うのは俺だけですか?
「なあ、二郎も飲みたいじゃろう」
「センパイも飲みたいですよね?」
「はいはい、一杯だけですよ」
俺は半ば諦めの言葉を呟きながら、皆のグラスと瓶ビールを台所に運んだ。
まだ残ってると思った4リットルのペットボトルウィスキーを探すと⋯ありました。
それは、大阪へ行く前より明らかに量が減っており、バーチャんが一人でも飲んでいたとわかる物だった。
それを食卓に置き、炭酸水を探すと封が切られてい無い1リットルのペットボトルが4本見つかった。
買い置きしている感じがする。
もしかして俺と彼女が淡路島に戻ってくるの見越して、バーチャんが買ってきたのだろうか。
ジョッキに氷を入れ、ハイボールを3杯作る。
作ったハイボールを仏間に運ぶと、彼女とバーチャんが明日の話をしていた。
「じゃあ、明日は畑仕事は無しですか?」
「明日は雨だで畑も無しじゃ」
「はい、お待たせ」
「おお~ 二郎、すまんのう」
「センパイ、ありがとうございます」
皆で軽くジョッキを掲げて乾杯の合図をして、一気に喉に流し込む。
グビグビグイ。
ぷはぁ~
旨い。
さて、今回の大阪や隠岐の島、そして伊勢で何があったかをバーチャんにどう話そうか?
彼女もいるし何の話からしようか?
大阪のエリックさんが会いたがった話しとかが良いかな。
バーチャんとも面識があるようだし、それとも剛志さんや進一さんが弟子入りした話からが良いだろうか。
けれどもそれらの話しは、バーチャんも知ってる話だしな。
バーチャんがあまり知らない、今日の伊勢での話が良いか。
いやいや、俺が『魔法』を使えるようになった話が先だろうか。
そんなことを考えていると、彼女が声を発する。
「お婆ちゃん、始まりますよ」
「おっ、始まるか」
再び彼女とバーチャんはテレビドラマの世界に戻ってしまった。
俺はボーッとしながら湯上がりハイボールを楽しむ。
二人を見習いテレビドラマを一緒に見るが、全く筋書きと言うか話の流れが理解できない。