18-27 収束
晩御飯の洗い物を全て済ませた。
バーチャんは日本酒の瓶を握ったままで、仏間の座卓を枕に寝ている。
この姿を見るのは何回目だろう。
彼女は座敷前の廊下で、実家にスマホで通話している。
俺が彼女の分もお茶を入れて仏間に運ぶと、彼女も電話を終えて仏間に入ってきた。
「センパイ。お爺ちゃん3人とも実家に電話してきたそうです」
「ありがとう。これであの3人がどちらにも電話しているのがわかったよ」
「それと、さっきの件を兄に話したら、明日の朝に電話するって言われました」
『さっきの件』⋯
彼女が俺から『魔素』を吸い上げた件か?
「俺を『魔石』に見立てた件?」
「はい、里依紗さんの都合もあるから、明日の朝に電話してくるそうです」
里依紗さんの都合?
何で『魔素』を吸い上げられた件で、里依紗さんの名前が出てくるんだ?
「何で里依紗さんの都合があるんだ?」
「さあ?恭平ちゃんのお守りかな?」
「ハハハ ありそうな話だね(笑」
「ただ⋯兄は何か知ってる感じでした。まあ、明日の朝まで待ちましょう」
「そうだね。今はそれしか出来ないね」
「それより、桂子お婆ちゃん大丈夫ですか?」
彼女の言葉に反応して、バーチャんが顔を上げた。
「今日のドラマは9時からじゃ⋯」
それだけ告げたバーチャんは再び座卓を枕に寝息をたて始めた。
バーチャんの反応に思わず彼女と顔を見合わせてしまった。
仏間の時計を見れば8時を回ったぐらいだ。
このままバーチャんは寝かしておいても大丈夫だろうと考えていると、彼女がハットした顔を見せてきた。
「センパイ!先にお風呂を貰っていいですか?!」
「べ、別にいいけど⋯」
そこまで答えて俺は気が付いた。
今から風呂に入れば、9時からゆっくりとテレビドラマを見れるというわけだな。
「そうだね、先に入って。俺は会社のメールを見とくから」
「はい、先にお風呂に行って来ます!」
そう告げて彼女は仏間から出ていった。
俺はお茶を啜りながら、目の前の寝ているバーチャんに目をやる。
さっきバーチャんは⋯
〉これからは由美子さんがおるで一人じゃないぞ
何とも嬉しいのだが、素直に即答できない言葉を口にしてくれた。
だが一歩踏み込んで考えると、やはり彼女を嫁に迎えたら、淡路島に戻ってバーチャんと一緒に住むべきだと考えさせられる言葉だ。
「二郎は一緒に⋯」
バーチャんが寝言を呟き始めた。
うんうん、バーチャん。
彼女と式を挙げたら一緒に淡路島に戻るよ。
「二郎は一緒に風呂に入らんのか?」
バーチャん、起きて聞いてたでしょ?
◆
彼女が仏間に顔を見せ、先に風呂に入る旨の声を掛けてきた。
俺は寝たふりをしているバーチャんを放置して部屋に戻り、ノートパソコン専用バッグを手にお爺ちゃんの部屋に向かう。
お爺ちゃんの部屋に入り、座卓の上でノートパソコンを立ち上げLANケーブルを繋ぐ。
社内ネットにログインして未読メールのタイトルを見て行くと、気になるタイトルで目が止まった。
役員賞与停止と役員報酬の引き下げ
組織変更のお知らせ
人事異動のお知らせ
全管理職へのモラル教育の実施
この4つのメールに注目して、中身を読んでみた。
■役員賞与停止と役員報酬の引き下げ
メールの内容を要約すれば、全役員(執行役員を含む)の決算賞与の停止と、夏期賞与の支払いを停止する通知だった。
いわゆる、役員な方々に『賞与』は払いませんということだ。
また、役員報酬の引き下げは、全役員(執行役員を含む)の役員報酬を、来期において40%~70%引き下げる内容だった。
謂わば、来月から役員さん達は毎月の給料が1年間下げられるという通知だ。
会長や社長の名前の横に70%の数字が書かれており、専務や常務の名の隣には60%の数字が書かれている。
あの『他言無用』で説明をしてくれた部長の名前の横には50%の数字が置かれていた。
執行役員の人事部長と経理部長の名もあり、全てに40%の数字が付けられている。
実施理由としては、今期の業績不振と管理職のモラル低下が記されていた。
今期の業績不振は、売却の噂が聞こえてくる状況からして至極当然に思えてしまう。
管理職のモラル低下については、パワハラ課長の件もあるから、その事だろうかと思いを巡らす。
■組織変更のお知らせ
(えっ?マジ?)
思わず呟いてしまった。
俺と彼女、鈴木さんと田中君が属する課が『廃止』と記されている。
俺たち4人はどうなるんだと、一瞬思ったが、課員については部長直属への変更と記されていた。
■人事異動のお知らせ
先程の『課の廃止』に伴って、俺と彼女、鈴木さんと田中君が部長直下の配属への変更が上段に記されていた。
下段には、パワハラ課長と山田が退職と記されていた。
その退職の記載を見て、俺は今年の春前に記憶を戻す。
引っ越しを手伝った同僚が退職した時はどうだっただろうか?
あの時に、こうした退職の旨が記されたメールや文章を見ただろうか?
記憶に無いということは、見ていないのだと思う。
だとすれば、パワハラ課長と山田の退職を伝えるこのメールには、何かの意味が込められているのだろう。
■全管理職へのモラル教育の実施
経理台帳への計上に関わる承認権限を有する者、全員に対しての研修を至急受けなさいという内容だった。
明らかにパワハラ課長のやらかした事例を掲げて、再発防止のために研修を受けろというものだった。
ここまで一気にメールを読んで、今回のパワハラ課長と山田の件が、それなりに社内で収束に向かっているのを感じた。