18-26 日本酒
「センパイも着替えてください」
着替えを終えた彼女が台所に顔を出した。
彼女は隠岐の島で見せたショーパンツにTシャツのラフなスタイルだ。
俺も着替えようと部屋に入ると、既に着替えが準備されていた。
着替えだけではなく、入浴後のパジャマまで置かれている。
何とも気がきく彼女だと感じながらスーツを脱ぎ、ハンガーに吊るして壁の鴨居に掛ける。
そこには既に彼女のパンツスーツが掛けられており、俺のスーツと並ぶことになった。
一緒に暮らし始めたら、こうした景色を毎日見るのだろうかと想像しながら着替えを済ませる。
着替えを終えて台所に続く食卓に行くと、既に伊勢のお土産が開けられたらしく3本の酒瓶が並んでいた。
そして酒瓶の前には、当然のようにバーチャんが陣取り、椅子に座って足をブラブラさせている。
日本酒、焼酎、そしてウィスキーが並んでいるのだが、バーチャんは特に日本酒の酒瓶に食い付いていた。
何か見たことある景色だなと感じつつ、食卓に豚汁を運ぼうとする彼女に声を掛ける。
「由美子、神棚と仏壇」
「そうだ、挨拶させていただきます」
彼女がそう告げて、俺と共に座敷に行き神棚に手を合わせる。
続けて仏間に行き、線香を上げようとすると供物台に赤福が置かれているのに気が付いた。
「あれ?」
「さっき、桂子お婆ちゃんが置いてました」
「そういえば、他のお土産は?」
「もう、冷蔵庫に収まってますよ」
さっきは食卓に酒瓶、目の前には供物台に置かれた赤福、そして既に冷蔵庫に収められたお土産。
彼女とバーチャんが組むと、実にテキパキと進んでる感じがする。
彼女と共に台所に続く食卓に戻ると、バーチャんのブラブラさせている足の振りが大きくなっていて、思わず笑いそうになってしまった。
「バーチャん、晩御飯は済ませたの?」
「おう、豚汁の味見をしたり、タッパーに詰めてる間に済ましたぞ」
俺と彼女が座ると、目の前にバーチャんが空のグラスを出してきた。
はいはい、飲みたいのね。
「バーチャん、飲んで良いよ」
その声と共に、バーチャんが日本酒の瓶に手を掛け封を切った。
直ぐ様、自分のグラスに注ぎ、続けて俺と彼女グラスに注いでくる。
三人で軽くグラスを掲げて乾杯の仕草をする。
直ぐにバーチャんがグラスに口を着け、一気にグラスの酒を煽るように飲み干した。
「やっぱり、源三の酒じゃ」
「「えっ?!」」
バーチャんの言葉に思わず彼女と顔を見合わせてしまった。
「バーチャん、源三さんを知ってるの?!」
「知っとるぞ。ますます上手い酒を造っとる!」
驚いたというか何というか⋯
だが、よくよく考えればバーチャんとの繋がりも頷ける。
あの親衛隊の御三方は零士お爺ちゃんの葬儀に参列した方々だ、バーチャんが知っていても何らおかしくない。
「バーチャん、もしかして金次さんや正美さんも?」
「知っとるぞ、金次も源三も正美も、交替で電話してきて煩いんじゃ」
再び、バーチャんの返事に彼女と顔を見合わせてしまう。
〉伊勢の連中や『国の奴ら』からの電話が煩いんじゃ
バーチャんがスマホの電源を切った原因に、親衛隊の御三方が関わっているとわかり少しだけ安心した。
「うん、確かに美味しい」
「そうじゃろ、源三の酒は上手いんじゃ」
彼女がグラスに口を着け感想を述べると、バーチャんが後押しする言葉を続ける。
俺も一口飲んでみるが、確かに上手い日本酒だ。
「食べて良いですか?」
空腹に堪えられないのか、彼女が黄金色の小山に手を伸ばす。
「おお、由美子さんも二郎もたんと食べるんじゃ。残すと明日の朝に出てくるぞ」
「ハハハ」
確かにこの黄金色の小山は、明日の朝も出てきそうな量だ。
もしかしたら昼御飯にも出てくるかも知れないなと考えていると、彼女が『いなり寿司』を称える言葉を口にする。
「美味しいですぅ~」
「そうかそうか」
彼女が『いなり寿司』を口に運び、幸せそうな顔見せてくる。
続けて豚汁を口にした。
「豚汁も美味しいですぅ~」
「そうかそうか」
朗らかな顔を見せるバーチャんは、既に2杯目を飲み干さん勢いだ。
そんなバーチャんと彼女のやり取りを聞きつつ、眺めつつ、俺も『いなり寿司』と豚汁を楽しんだ。
あれ?
どうしてバーチャんは源三さんのお酒の味を覚えてるんだ?
零士お爺ちゃんが亡くなったのは、俺が幼い時、阪神・淡路大震災の時だったはずだ。
あれから既に25年以上を過ぎている。
バーチャんは一人では飲まないと、零士お爺ちゃんと約束していたはずだ。
25年も前のお酒の味を覚えてられるのか?
バーチャんは零士お爺ちゃんとの約束を守ってるはずだが⋯
「バーチャん」
「んん?何じゃ二郎?」
「源三さんから定期的にお酒が届いてるでしょ」
「⋯」
「そのお酒を一人で飲んでるでしょ?」
「⋯⋯」
俺の問いかけにバーチャんが沈黙を続ける。
その様子を心配そうに、彼女が豚汁のお椀で顔を隠すように見てくる。
「一人じゃ飲んどらん」
「じゃあ、誰と飲んでるの?」
「お爺さんと一緒に飲んどるんじゃ!」
はいはい、やっぱり一人で飲んでるのね。
「飲んでも良いけど、飲み過ぎないでね」
「大丈夫じゃ、これからは由美子さんがおるで一人じゃないぞ」
ブフォッ!
彼女がお椀に豚汁を吹き戻したようだ。