18-20 彼女のトラウマ
俺達の乗る黒塗りの車と細マッチョの車は、給油を終えて何事もなく出発した。
彼女はさっきからスマホの操作を続けている。
一方の俺は、流れ行く窓からの景色を眺めながら思考を巡らす。
バーチャんがスマホの電源を切る程とは、いったいどんな電話が掛かってきたんだ?
まったく『伊勢の門』に関わる守人や、伊勢を担当している『国の人』には呆れるばかりだ。
呆れていても仕方がないので、これからを考えてみる。
今日これから淡路島に戻り、バーチャんから煩い電話の話を聞く。
その後は⋯そうだ、日記でも書くか!
あまりにも変な話をバーチャんにしてきているなら、そいつの愚かさを晒す意味でSaikasに日記で書いてみるか?
そうした方法で愚かしい輩に対抗して行かないと、彼女の実家やバーチャんに迷惑を掛け続けそうな気がする。
「センパイ、皺が寄ってます」
「えっ?」
それまでスマホを操作していた彼女が、急に『皺』の話をしてきて戸惑ってしまう。
「センパイは仕事で悩んでる時、眉間に皺が寄りますよね(笑」
「えっ?そ、そうかな?」
慌てて眉間を手で押さえ、皺を伸ばそうとしてしまう。
「鈴木さんが『門守さんに皺です。秦センパイ出番です』とか言うんです」
彼女がおどけた感じで、それでいて同じ課の鈴木さんの真似をするように言ってくる。
「な、なにそれ?」
「みんな知ってますよ(笑」
『みんな』と言うことは、同じ課の田中君もか?
「実家の方は、全員にメールしましたから、誰かから返事が来ると思います」
「ありがとう、助かるよ」
俺は出来るだけ眉間に皺を寄せないように注意しながら、彼女に礼を言う。
「クフフ。センパイって『門』に関して楽しい話ってあります?」
「『門』に関わる楽しい話?う~んどうなんだろう?」
「私は幼い頃、兄や父、それに市之助さんと『魔石』や『魔法』や『魔法円』で遊ぶのは楽しかったんです」
急に彼女が自身の幼い頃を語り始めた。
「父は『魔法』は使えなかったけど、一所懸命に練習してました。私も父を真似て兄に教わって使えた時は楽しかったんです」
「⋯⋯」
「けど、市之助さんが亡くなってから、周囲に変な人が寄ってくるのが気持ち悪かったんです」
おいおい、これは彼女がトラウマになってる話じゃないのか?
俺は彼女に語らせて良いかを迷った。
「由美子、その話って⋯自分で口にして、その⋯大丈夫なの?」
「ええ、センパイには聞いておいて欲しいんです」
すぅ~ はぁ~
すぅ~ はぁ~
そこまで言って彼女は深呼吸をした。
「市之助さんが亡くなってから、『魔石』を持ってないかとか『魔法円』を譲ってくれとか⋯」
初代で当代だった市之助さんが亡くなって、孫である彼女にそうした話をされても困っただろう。
「延々と聞きたくもない神話の話をされて、挙げ句に自分は当代になるために『魔石』が必要だとか言われたら困ると思いませんか?」
「ああ、それはかなり酷いな」
そんな酷い輩もいたのかと驚きつつも、彼女がトラウマになるのもわかる気がする。
「もっと酷いのは、中学生の私に結婚してくれと言い出すんですよ」
「なんだよそれ、頭がおかしいんじゃないの?」
「しかも知りたくもない神話の話を延々として、最後に『俺は神の家系の生まれで本物だから信用しろ』とか言われて⋯信用できます?」
「無理だろう、いや、絶対に信用出来ない奴だなそいつは」
何となくだが、彼女が隠岐の島で神話の話になった時に、場を外した理由がわかってきた。
まったく人の迷惑を考えない奴がいるんだと呆れてしまう。
「通学の帰りに待ち伏せされて、声を掛けてくるんですよ」
「それって『お巡りさん!あの人です!』みたいな事案な話だな」
「センパイ!真面目に聞いて!」
「は、はい。スンマセン⋯」
彼女の気持ちを和らげればと思い、少し冗談を交えて返事をしたが叱られてしまった。
「そうした時に、アマツカさんやメイドさんが助けてくれたんです」
「えっ?!」
彼女の言葉に驚いた。
彼女が中学生の頃の話だよな?
今から20年以上前の話だぞ。
「そんなに昔から天使さんや見習い女神さんと会ってたの?」
「ええ、だけど困ったことも増えました」
「困ったこと?」
「あのお爺ちゃん達みたいに、アマツカさんやメイドさんの正体を知りたがる人達です」
なるほどとも思えるが⋯大丈夫なのか?
『国の人』の眼鏡さんや、この車に同乗している山本さんは、神の存在を追いかける部隊だぞ。
「お爺ちゃん達『神様の使いだろ?』とかしつこく聞いて来たじゃないですか、あれって嫌になると思いませんか?」
「それは⋯」
「アマツカさんやメイドさんが神様の使いかどうかは、本人の気持ちですよね?それを色々聞いて確認するのって変だと思いませんか?そんなことに付き合わされる側は勘弁して欲しいと思いませんか?」
「⋯⋯」
俺は彼女の言葉に何も言えなかった。
「けど、私もズルいですよね⋯」
ん?何がズルいんだ?
「そうした『魔石』や『魔法円』を欲しがる人達に『何の事ですか?』『知らないです』で逃げてきたんです。嘘を着くことを覚えたんです⋯」
「⋯⋯⋯」
いや、それは逃げて当たり前だと思う。
「兄が当代の宣言をしてからは、『兄に聞いてください』『兄に許しを貰ってください』みたいな感じで答えてたんです」
「いや、由美子はそれで正しいよ」
「センパイ⋯ありがとうございます」
「いや、俺こそお礼を言いたい。由美子、話してくれて⋯ありがとう」
俺の返事を聞いた彼女はカゴバッグからハンカチを取り出し、涙を拭き始めた。
俺はそんな彼女の顔を、自分の胸に抱き寄せるしか出来なかった。