18-16 おはらい町通り
宇治橋を渡り駐車場付近へと戻ってきた。
帰り道であるが、内宮での第二鳥居や第一鳥居と同じ様に、鳥居をくぐる毎に向き直りの一礼は忘れなかった。
入って来た時に最初にくぐった宇治橋鳥居外側でも一礼して、俺と彼女のお伊勢詣りが終わった感じがする。
「センパイ、こっちです」
駐車場を左手に見ながら彼女に連れられた道へと入ると、そこは昭和レトロな外観の街並みだった。
通りに面した木造の家々の全てがお店らしく、門前町な様相を呈している。
「おはらい町通り?」
道の脇の洒落た街灯に貼られた看板を見れば、『おはらい町通り』と書かれている。
さすがは日本一の神社神宮と呼ばれる伊勢神宮だ。
こうした観光客をもてなす街並みも整えられているのかと感心させられる。
「あった!センパイ、この店です」
彼女と絡めた腕が引っ張られ、彼女の目的の店へと入って行くと、飲食店特有の香りが空腹感を刺激する。
直ぐに着物姿の店員さんに案内され、テーブル席に向かい合って座る。
「里依紗姉さんのおすすめの店です」
「へぇ~ そうか里依紗さんは⋯」
「ええ、里依紗姉さんは伊勢の出身ですから。神宮近辺での食事を聞いたら、この店なら伊勢の名物が全てあると言われました」
「なるほど。それで伊勢の名物って何があるの?」
「「???」」
思わず二人で顔を見合わせてしまった(笑
テーブルはスッキリとしていて、メニューらしきものが見当たらず、タブレットが置かれている。
どうやらタブレットを使って注文するようだ。
彼女が『へぇ~』と感心する言葉を呟きながらタブレットの操作を続ける。
彼女がタブレットに専念してメニューを見れない俺は、スマホを取り出して店の名前で検索してみた。
はい、すんなりとHPが出てきました。
スマホに写るHPから『メニュー』を選ぶと、なかなか美味しそうなものが並んでいる。
・伊勢うどん
どことなく聞いたことがあるようなネーミングだ。
・てこね寿司
手でこねたお寿司?
写真を見る限りは『捏ねた』感じはしない。
この赤身の魚はマグロ⋯いや、これは鰹か?
「センパイ、どれにします?」
「魚が美味しそうだね。ああ、なるほど⋯」
「なんですか?何を一人で見てるんですか?」
「いや、お店のHPのメニューを見てた。松阪牛もあるんだと思って」
「松阪牛?あぁ⋯ありますね。松阪牛のローストビーフ⋯牛丼もあるんですね」
「お肉も美味しそうだね」
そんな感じで互いに別の方法でメニューを眺め、どれを食べるか楽しく悩む時間を過ごす。
「あぁ~悩んじゃうと決められないですぅ~」
「へぇ~由美子でも悩むんだ?(笑」
「だって、どれも美味しそうで」
「そうだね。おっと『お茶漬け』がある」
「お茶漬け⋯『真鯛』のだし茶漬けが美味しそう!」
「ハハハ 悩みだすとキリがないな」
「お腹が空いてるんだけど⋯」
彼女の口にした言葉で、脳裏に気になる思いが湧いた。
「由美子⋯」
「何ですかぁ~?」
「かなりお腹が空いてるの?」
「ええ、空いてますよぉ~。センパイが決めないから悩んじゃうよぉ~」
「それって『魔力切れ』してないか?」
「えっ?!」
彼女が慌てて胸元に手をやった。
あれ?もしかして、今、『魔石』のペンダントを着けてるのか?
「由美子、もしかして着けてるの?」
「ええ、古いのに移しましたよね。念のためにそれを着けてるんですけど⋯」
俺は席を立ち上がり彼女の後に回り込み、彼女のうなじを見ながら急いでペンダントを外し手に取る。
「センパイ、私が決めちゃいますよ」
「ああ、そうして」
「すいませ~ん」
彼女が手を上げて店員さんを呼ぶ。
俺は自分の席に戻り、彼女の着けていたペンダントに目をやる。
「一番早く出来るのって何ですか?」
「一番早くですか?それなら⋯」
彼女と店員さんの会話を聞きながら、俺はペンダントトップの『魔石』に意識を集中する。
それは何も光を持たず、彼女が隠岐の島で見せた時のように、只の黒曜石な状態だった。
「『てこね寿司定食』を『伊勢うどん』付きで二人分。すいませんけど急ぎでお願いします」
「はい、御注文をありがとうございます」
店員さんが席を離れたのを見計らい、注文の終わった彼女にペンダントを返しながら聞いてみる。
「由美子は使った記憶がある?」
「いえ、無いです。さっきも言いましたけど、センパイが使う感じがしたんでサポートしなきゃと思っただけで⋯」
「使った記憶は無いんだね?」
「ええ、無いです⋯」
「あの時、由美子は『回復魔法』を使ったよね?」
「えっ?使ってないですよ?」
お互いに正宮での『あの時』の状況がどうにも噛み合わない。
彼女の空腹な様子から『魔力切れ』を起こし始めていることに気が付いたが、よくよく考えてみれば俺自身の空腹感も強いのに気が付いた。
「俺もかなりお腹が空いてるんだ」
「じゃあ、センパイは使ったんですか?」
「使ってると思う。由美子は俺が使うと感じて、こうしてペンダントが戻ってるから由美子も使ってると思う」
「センパイ!」
急に彼女が喜ぶような声で俺を呼ぶ。
「これって一緒に開けたって事ですか?!」
「ああ、そのとおりだ。一緒に開けたんだよ!」
こうして俺と彼女は『伊勢の門』を開けたのを、ようやく実感した。
◆
食事を済ませ、彼女と伊勢の門前町『おはらい町通り』をブラつくことにした。
「伊勢にもこうした門前町があるんだね」
「センパイ、本来『門前町』は、お寺などの周辺の街を言うんです。伊勢のような神社神宮の場合には『鳥居前町』というんですよ」
「へぇ~知らなかった」
「姉さんに教えて貰ったんです(笑」
「ハハハ」「クフフ」
そんな話をしながら彼女と『おはらい町通り』を散策する。
俺は先程の参集殿で淡路島の実家へ車で移動する話の際に、彼女が見せた思案顔が気になって聞いてみた。
「由美子は、あの車で淡路島に行くのは大丈夫かい?」
「あのお爺ちゃん達が事情聴取を受けてるじゃないですか、それと同じことが淡路島まで続くのかと思って⋯」
「ああ、その心配か。けど、あの車だと⋯」
「そうです。あの車だと区切れるじゃないですか。だから大丈夫そうだと思ったんです」
「それは大阪へ行く時に、俺も思ったよ」
「大阪へ行く時?」
「ああ、眼鏡さんから質問責めかと思ったら、全く無かっただろ?」
「センパイ!眼鏡さんから質問責めって、何をしたんですか?!」
「待て待て、俺は何もやってないよ。あの時は⋯」
「センパイ、その話って長いですよね?」
突然、彼女が話を遮り立ち止まる。
そして、カゴバックからスマホを取り出した。
「お茶しながらなら聞いてあげます。けどその前に撮ってください」
彼女はスマホを操作して、笑顔で俺に渡してきた。
その彼女の後を見れば、小洒落た感じのお店が見える。
周囲にはコーヒーの香りが漂っている。
店の造りは周囲の建物と調和して木造な日本家屋に見えるのだが⋯
店の脇に掲げられた白地に刻まれた女性人魚の笑顔。
俺はこのロゴマークを知っている。
「スタバの伊勢内宮前店です。ここでお茶しながらなら、センパイの話を聞いてあげます(ニッコリ」
うんうん。笑顔が可愛いね。
結局、ロゴマークを背景にポーズする彼女を、何回も撮影することになりました。