18-9 手水舎
俺は愛ちゃん親衛隊な紋付き袴の御三方への警戒を解いた。
この方々は『伊勢の門』の元守人だとわかったが、かなりの良識派な方々だと判断できたからだ。
この後、俺や彼女へ変な行動はしないだろう。
親衛隊としての『愛ちゃんLOVE』扇子を使ったパフォーマンスは、別の意味で変な行動だが⋯
「この後ですが、自分と由美子はお詣りに行きます」
「皆さんはどうされますか?こちらで過ごされますか?山本さんと積もる話もあるでしょう」
俺がお詣りを続ける話を切り出すと、彼女が親衛隊を気遣い参集殿に残る案を口にする。
「愛ちゃん、どうする?」
「愛ちゃん、どうしたい?」
「愛ちゃん、行くんか?」
「はい、私は行きます!門守さんと秦さんの伊勢詣りを達成するのが私の今の仕事です!」
「「「おぉ~」」」パタパタ
親衛隊の3人が山本さんにどうするかを問うと、山本さんは俺と彼女の伊勢詣りを第一にする決意を示す。
その決意に御三方が喝采の声を上げる。
扇子をパタパタさせるパフォーマンス付きで。
やはり、この親衛隊の『愛ちゃんLOVE』扇子を使ったパフォーマンスは別の意味で変な行動だ。
「そういえば金次さんと同じ車でいらした男性は?」
「元上司の部下です。私の後任なんですが、皆さんから嫌われてて⋯」
「太鼓持ちじゃな」
「使えん奴じゃな」
「追い返したぞ」
あらまあ。
スーツ男は、愛ちゃん親衛隊な方々からかなり嫌われてるのね。
追い返したなら、この先のお詣りは安心できそうだ。
「そろそろ出発しますか?」
「はい、皆で行きましょう」
「「「おぉ~」」」パタパタ
彼女の問い掛けに山本さんが答えると、親衛隊が再びパフォーマンスを見せる。
この先、これが続くのかと思うと少々気が重くなる。
応接室を出て、廊下で待っていた細マッチョ2号に確認する。
「『先代』に着いてきた彼はどうしました?」
「先ほど内宮を離れたと連絡がありました」
細マッチョ2号がハンズフリーに手をやりながら答えた。
これでスーツ男が親衛隊の方々に追い返されたのは事実だと確認できた。
細マッチョ2号を先頭に、俺と彼女が階下に向かおうとすると、廊下の後から声がする。
「皆さんトイレは大丈夫ですかぁ~」
「「「おぉ~」」」パタパタ
まるで山本さんが保母さんに思えてきた。
階下に降りると、細マッチョ1号と運転手さんが長椅子に座り雑談しながら待っていた。
「お待たせしてすいません」
「いえいえ、大して待っておりません」
俺が声を掛けると、運転手さんは朗らかに返事を返してくれた。
きっと細マッチョ1号と楽しい会話でもできたのだろう。
「門守さん、秦さん。御手洗いは大丈夫ですか?この先は施設が少ないので」
「そうですか。ならば念のため、ちょっと失礼します」
「私も、ごめんなさい」
山本さんが親衛隊を連れて降りてきて、俺と彼女に声をかけてきた。
山本さんの話では、この先には用を済ませる施設が少ないという。
この参集殿に来て直ぐに済ませてはいるが、もよおしても困るだろう。
俺と彼女は念のために用を済ませておくことにした。
一人で男子トイレに入り用を済ませ、手を洗おうと洗面台に向かう。
ふと周囲に物音がしないことに気がついた。
やけに静かで、何も音がしない。
すると隣に一人の男性が立った。
男性がこちらを見た気がしたので、何だろうと鏡越しに男性を見る。
鏡越しに見えた男性は口に人差し指を当てて、『声を出さないように』の仕草をする。
「!!!」
そこに居たのは『アマツカさん=天使さん=メガネ執事さん』だった。
慌てて周囲を見るが、俺と天使さん以外に人が見当たらない。
俺が何の事だと思った途端に、周囲の音が戻った。
換気扇からの音がやけにうるさく聞こえる。
慌てて隣を見直すが、全く知らない人が手を洗っていた。
◆
前衛 細マッチョ1号
同行 山本さん、金次さん
同行 源三さん、正美さん
2番手 俺と彼女
後衛 運転手さん、細マッチョ2号
参集殿を後にした俺達一行の新な隊列はこんな感じになった。
親衛隊3人は同行者として後についても良いと述べ、最初は俺達の後ろに着いていた。
だが、山本さんの『お詣りの最低限の順番がある』発言で、山本さんが俺達の前に立った。
すると、親衛隊の山本さんの側に行きたそうな気配に押されて、彼女が先行を譲ってこの隊列になった。
幸いだったのは細マッチョ1号と2号から、警備の関係で前衛と後衛の隊列を希望されこの形に納得してくれたことだ。
火除橋を越えて、清めのために手水舎に寄る。
ここで山本さんから清める手順の説明を受けた。
「まずは利き手に関係なく右手で柄杓を持って水を汲んでください」
左手を清め→右手を清め→口を清める、その後に口を清めるのに使った左手を清め、最後に柄杓を清める。
そんな説明を受けたのだが、今一つわからない。
「難しければ、お相手にやってもらってください」
山本さんの言葉を受け親衛隊の3人が手を上げた。
「愛ちゃんやってくれんかのう」
「おう愛ちゃんお願いじゃ」
「ワシも愛ちゃんにやって欲しいぞ」
親衛隊の皆さんが山本さんに群がっているのを脇目に、俺は彼女にやってもらうことにした。
(センパイ、小声でお願いします)
(どうしたの?何かあった?)
俺は小声で囁く彼女に、参集殿での天使さんが見えた出来事を思い出しながら聞いてみる。
(声を出さない驚かない振り向かない)
(ああ、わかった⋯)
(後にアマツカさんがいます)
(さっき見かけた)
彼女の言葉に、やはり側に天使さんが居るのを確信した。