17-15 当代の妻
隣に座る彼女の通話は続く。
「それとさっきの件ですけど⋯」
「⋯はい、運転手さんと⋯女将さんや支配人には不要なんですね」
「彼らには⋯はい⋯」
「わかりました。ありがとうございました」
締めの言葉を告げた彼女が通話を切った。
彼女が通話を終えたスマホを雑貨屋で購入したカゴバッグに入れ、代わりにポチ袋を取り出した。
あの雑貨屋で彼女が購入したものだ。
「センパイ、心付け作りを手伝ってください」
「心付け?」
『心付け』と言えば、お世話になった気持ちとして金銭を渡すことだ。
お世話になった人や、お世話になる人に感謝の気持ちを示すための物で、ご祝儀やチップも同じ意味を持っている。
サービスに対する『ありがとう』を金銭で与えることを意味している物だ。
「母と里依紗姉さんに言われたんです」
「吉江さんと里依紗さんに?」
「『彼らが手配した車に乗る時は、運転手さんには心付けを渡しなさい』って、里依紗姉さんにもさっきの電話で言われました」
「へぇ~」
そういえば、この車の運転手さんには淡路島から大阪行きでもお世話になり、今回の伊丹空港から伊勢までもお世話になっている。
確かに運転手さんには、心付けを渡したい気持ちになる。
「『運転手さんを味方に付けるのも、当代の妻として大切なことよ』なんて言われちゃいました(テヘ」
「確かに大切だろうね」
「⋯」
「⋯⋯」
「センパイ!もっと違うところを突っ込んでください!」
「えっ?!」
「『当代の妻として』が気になりませんか?」
「ちょっと待って、俺は⋯当代じゃないけど⋯」
「『妻として』が気になりますよね?」
「⋯」
「『妻』が気になりますよね?」
「はい。気になります」
『妻』の言葉に反応しなかった俺が悪いの?
2回も言うのだから、ここは大人しく同意しておいた。
「よろしい。このポチ袋に、このお金を入れてください」
そう言って彼女は雑貨屋で購入したポチ袋(5枚入り)と同じ枚数の1万円札を渡してきた。
「1万円も渡すの?」
「それが相場だそうです」
チップで一万円は高額な気もするが、吉江さんや里依紗さんが相場と言うなら致し方ない。
俺は渡された1万円札を折り畳みポチ袋に入れて行く。
彼女を見れば、同じ様に1万円札を折り畳み、別のポチ袋に入れている。
俺は準備が終わったポチ袋を彼女に渡すと、合計10個のポチ袋が彼女の手元に置かれた。
「こんなに必要なの?」
「母と里依紗姉さんから言われたのは⋯運転手さん、宿の中居さん、他の門の彼ら、10個ぐらいは準備が必要だって言われたんです」
彼女の言葉に少し考える。
運転手さんには渡したい。
宿の中居さんに渡すのは、聞いたことがある話だ。
彼女の言う『彼ら』=『国の人』なのはわかるが『他の門』が気になる。
「由美子、『他の門の彼ら』って?」
「さっき、山本さんは『淡路陵の門』に配属されたと言ってましたよね?」
「ああ、言ってたね」
「センパイは『淡路陵の門』ですから、山本さんは除外ですね。あれ?」
そこまで言って彼女は考え込んだ。
いや、考え込まないで『他の門』について教えて欲しいんだけど⋯
「センパイは『淡路陵の門』で、私はお兄ちゃんが当代をやってる『隠岐の島の門』になるのか⋯」
「⋯」
「センパイ、これって私は山本さんに渡すべきなんですか?」
「⋯(何を考えてるの?」
「センパイ、山本さんはどうすれば良いですか?」
「由美子、よく聞いて」
「ねえセンパイ、山本さんはどうすれば良いですか?」
ダメだ、彼女がテンパり始めた。
変なことを2回も聞いてきている。
「✌️」
俺はテンパりながら聞いてくる彼女に、恭平君譲りのVサインを出してみた。
「⋯」
「✌️」
彼女が黙ったので、再び静かに彼女に向けて✌️を出す。
「✌️⋯センパイ、恭平ちゃんの真似ですか?」
「2つだけ出せるようにしてて」
「2つですか?」
「運転手さんに一つ、中居さんに一つで合計✌️」
「山本さんは?」
「今は必要ない。それと心付けを出すタイミングは俺が指示するから」
「⋯はい!センパイ、お願いします!」
何とか彼女はテンパった状態から脱したようだ。
そんなことをしていると車の速度が落ちた感じがする。
改めて座席に座り直し窓から外を見ると、周囲は一般道の感じがする。
どうやら車は高速道路を降りたようだ。