17-14 来客
静かな車内には、車が伊勢へ向けて走る僅かなタイヤ音と、彼女の寝息だけが聞こえる。
俺はそんな車内から、ボーッと外の景色を眺めながら考えていた。
ここまで俺が知識を得た門は、
・米軍の門
・淡路陵の門
・隠岐の島の門
これらの門については、守人や当代な方々との接点と知識を得られた。
俺自身が、各門の日記=記録をSaikasで学び、理解を深める段階に来ているのだろう。
・伊勢の門
これについては、天岩戸の神話を里依紗さんと進一さんから聞き出せただけだ。
伊勢神宮にお詣りに行けば、『伊勢の門』と何かの接点が得られるかも知れない思いはある。
幾分、厄介な守人もいらっしゃるようだが⋯
少しは自分で学んでおくべきだろうと考えて、ノートパソコン専用バッグからPadを取り出す。
Padを起動しSaikasで『伊勢の門』の検索を実行する。
画面中央にグルグルが表示された後に、見慣れないダイアログが出てきた。
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検索家結果が1万件を越えました
検索を継続しますか?
【継続する】【中止する】
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無理です。
伊勢に着くまでに1万件以上の記録=日記を読んで知識を深めるなんて、今の俺には無理です。
『伊勢の門』の記録が膨大なことは、剛志さんや進一さんとの酒の席で話題となった。
『伊勢の門』で当代を目指したら、全ての記録を読んで学ぶには膨大な時間が必要になるだろう。
初代を継いだ2代目は、まだ記録が少ないだろうから学べるだろう。
だが3代目や4代目の頃には挫折する可能性はある。
3代目といえば進一さんの『隠岐の島の門』は、市之助さんが初代で次が進一さん。
いや、継げなかった剛志さんは、ほぼ2代目と言っても良いだろう。
進一さんが3代目だとして⋯恭平君が継ぐのかな?
恭平君はどのくらいの記録を読むことになるのだろう⋯
そんなことを考えていたら、彼女の寝息に誘われ俺も眠くなってきた⋯
◆
コンコン
何かを叩く音がする。
その音で目が覚めた俺は、今の自分が何処に居るかが直ぐに理解できなかった。
「ぅぅん⋯センパイ、着いたんですか?」
「ああ、着いたのかな?」
彼女も目を覚ました。
車は既に何処かに停まっている。
コンコン
再び半透明の板をノックする音が聞こえる。
彼女と二人で身支度を整え半透明の板を降ろすと、山本さんが話し掛けてきた。
「門守さん、秦さん。まもなく宿に着きます」
「車は停まっているようですが⋯今は何処ですか?」
「伊勢の手前、高速最後のPAです」
「何かあったのですか?」
「⋯ちょっと⋯ありまして⋯」
「どうかしましたか?」
「先程連絡が来たのですが、本日の宿に面会希望の来客が来ているそうです」
「面会希望?」「来客?」
意味がわからない。
どういうことだ?
思わず彼女と顔を見合わせてしまった。
「状況を確認する時間が必要と判断して、近くのPAに寄ったところです」
「そうですか⋯トイレに行っても良いですか?」
「ええ、私も上司と現場からの連絡待ちですので、皆で少し休憩しましょう。運転手さん、良いですね?」
「はい、問題ありません」
彼女と二人で一緒に車を降り、俺はトイレに向かった。
男子トイレで用を済ませていると、運転手さんが隣に立ってきた。
互いに目礼して用を済ませ手を洗う。
運転手さんも済ませたのか、隣に来て手を洗っている。
「ここから宿まではどのくらいですか?」
「30分程度で着く予定です」
確か最初の休憩から出発する際に、運転手さんは2時間程度で伊勢に着くと言っていた。
どうやら俺と彼女は1時間は寝てしまったようだ。
「何かすいません。後ろで寝てしまって」
「気にしないでください。それだけ自分の運転が良かった証ですから」
ニッコリと微笑む運転手さんの言葉に、更なるプロ意識を感じた。
トイレから出て黒塗りの車に目をやるが、周辺には彼女も山本さんも見当たらない。
きっと、俺と運転手さんのように、二人で用を済ませに行っているのだろう。
もしかしたら眼鏡さんから俺に連絡があるかも知れないと考え、スマホを確認したが何も無い。
「来ましたよ」
スマホを確認していると、運転手さんに声をかけられた。
運転手さんの視線の先を見れば、彼女と山本さんがこちらに向かっている。
「実家に連絡しました。もしかして里依紗姉さんの実家の方かと思い、今、確認してもらってます」
「ああ、その可能性もあるね」
彼女が俺にひとつの可能性を示してきた。
そんな彼女の機転に感謝しつつ山本さんを見れば、我々と少し離れた場所でスマホで何かを話している。
『はい、おっしゃるとおりです』
『はい、そのように対応します』
そんな言葉が漏れ聞こえてくる。
徐に山本さんがスマホでの通話を切り声を掛けてきた。
「すいません、お待たせして。運転手さん出発しましょう」
「宜しいのですね。それでは皆さんご乗車ください」
随分、あっさりと出発が決まった。
皆が乗り込んだところで運転手さんから声がかかる。
「シートベルトの着用をお願いします。本日の宿までは30分ほどの予定です」
車が動き出したところで、山本さんが話し掛けてきた。
「先程は不穏な話で申し訳ありませんでした。現地の担当から問題無いと連絡がありました。ご心配をお掛けしたことを深くお詫びします」
そう話す山本さんの礼儀正しい言葉に、何処か厳しさと緊張が含まれているのを俺は感じた。
「一旦、閉めさせていただきます」
そう告げた山本さんの操作で半透明の板がせり上がり、再び車内に静寂が訪れる。
「はい、由美子です」
急に彼女がスマホで通話を始めた。
実家か里依紗さんから折り返しの連絡が来たのだろう。
「⋯わかりました。お手数をかけてすいません。ちょっと待ってください」
電話の相手を待たせて、彼女が俺に告げる。
「センパイ、里依紗姉さんの実家じゃ無いそうです」
それだけを俺に告げた彼女は再び通話に戻った。
面会希望の来客。
里依紗さんの実家じゃなければ誰だろう。
俺と彼女が伊勢神宮に向かっているのを知っているのは⋯
待てよ⋯宿に来ているんだよな?
そもそも宿の手配は『国の人』である眼鏡さんが、今朝のテレビ会議で申し出たことだ。
眼鏡さんは里依紗さんの実家に配慮すると約束していた。
それならば里依紗さんの実家の方が、宿に来ている可能性は低い。
そもそも俺や彼女ですら、今日の宿泊予定の宿がどこかを知らされていない。
そんな宿に俺と彼女への面会を希望して直接来ている?
何か変だぞ?
そこまで考えている俺の隣では、彼女が通話を続けていた。