17-13 トイレ休憩
運転手さんが停めてくれたPAでトイレ休憩となった。
車から降りる際に、山本さんと運転手さんに声を掛ける。
「車の中で飲み物は大丈夫ですよね?」
「ええ、構いません」
運転手さんから了解を得られたので、彼女に告げる。
「用が済んだら、あのコンビニで飲み物を買おう」
「はい」
このPAにはコンビニが併設されていた。
最近の有料道路では、販売設備をコンビニチェーンが担ってるのに感心した。
トイレで用を済まし手を洗いコンビニへと向かう。
飲み物を選んでいると彼女が一人で入ってきた。
女性同士と言うことで、確か山本さんと連れ立っていた筈だが⋯
「由美子、山本さんは?」
「連絡するとかで、外にいます」
多分だが、眼鏡さんへの連絡だろう。
「センパイは山本さんが気になるんですかぁ?」
由美子さん。
そのジト目は何が言いたいの?
「おいおい、そんなんじゃないよ」
「やっぱり、胸が気になるんですかぁ?」
由美子さん。
胸の膨らみを示す、その手つきは何ですか?
「違うから。むしろ警戒してるんだよ」
「警戒?ですか?」
俺は彼女の要らぬ心配を否定し、逆の考えを彼女に告げた。
「ああ、変な行動に出られたら面倒だろ?」
「センパイ、ハニートラップを心配してるんですかぁ?」
由美子さん。
腰に手を当ててクネクネしないで。
「う~ん。信頼しろとは言いませんが、山本さんは眼鏡さんの部下ですよね。もう少し信用しても良いと思いますよ」
彼女の実家の女性陣は、眼鏡さんが淡路島の実家に盗聴器を仕掛けたことを知らない。
剛志さんや進一さんは知っているが、女性陣には話していないだろう。
「由美子の実家では、眼鏡さんの変な話は出なかったね」
「センパイ。眼鏡さんと何かあったかは知りません」
「⋯」
「けれども山本さんも運転手さんも、何もしてないですよね」
「⋯⋯」
「もっと『清濁併せ呑む』度量を見せてください!」
彼女に言われ、今の自分の心の狭さに気付かされた。
彼女の言うとおりに、山本さんも運転手さんも俺達に何かしたわけではない。
「⋯ふっ、そうだね」
確かに警戒し過ぎだな。
淡路島の実家で、眼鏡さんが盗聴器を仕掛けたのは、上司の命令によるものだ。
今回同行している山本さんが、俺達に何かをしたわけではない。
むしろ山本さんは空港で俺達を捕まえられずオロオロしていた。
ましてや運転手さんに至っては、前回に機転を利かすほどで、そうした行為とは無関係とも言える。
今回の伊勢への二人の同行に、過度な警戒は不要だろう。
「あっ、これ飲んだこと無い」
ドリンクの棚で彼女が見たことの無いデザインの500mlペットボトルを手にした。
「由美子は、新商品を試す派なんだ」
「えぇ、当たり外れがあっておもしろいじゃないですか」
「そういうもんか?」
「センパイは⋯お水ですか?」
「無難だろ?」
「ダメです。こっちにしてください」
「えっ?それ美味しいの?」
「だから、試すために買うんです」
彼女は俺の手にした水を棚に戻し、見たことの無いデザインのドリンクを持ってレジへと行く。
やれやれと思いながら、レジを済ませた彼女と共に外に出ると、運転手さんと山本さんが既に待っていた。
「門守りさん、秦さん。用件はお済みですか?」
「ええ、ありがとうございます」
山本さんから気遣いの言葉が掛かる。
「ここから2時間程度の予定です。また休憩が必要ならおっしゃってください」
「心遣い、ありがとうございます」
運転手さんからは、次の休憩も構わないとの声掛けだ。
彼女と目線が会えば、ニッコリと微笑まれた。
やはり俺は警戒し過ぎだなと痛感した。
◆
「これは驚きです。山本さんの御実家は椿大神社なのか?」
「伯父が宮司なんです。私の実家はいわゆる分家ですね」
助手席の山本さんと運転手さんの会話が弾んでいる。
一方、後部座席の俺と彼女は顰めっ面だ。
「こっちなら、飲めそうです。そっちはセンパイがお願いします」
「⋯」
彼女がPAで購入した新商品のドリンク。
両方を彼女が試し飲みしてから、片方を俺に渡してきた。
直接、ペットボトルに口を着けているので、俗に言う『間接キッス』だが彼女は気にする様子がない。
そうした行為を別段気にしない俺も、彼女に渡された新商品のドリンクを口にする。
「この甘さ、俺には無理かも⋯」
「ですよね。私も無理です」
おいおい。自分が無理なのをどうして俺に渡すの?
そんな感じで過ごしていると運転手さんから声が掛かった。
「ご存じだと思いますが、そこのボタンで防音板が出ます。遠慮無くお使いください」
「助手席でも操作できるんですよね?」
「はい、そちらのボタンで開け閉めできます」
運転手さんは後部座席の俺達に、車内の前後を区切る半透明の板を使うかを問いかけたのだろう。
けれども、話が弾んでいる助手席の山本さんとの会話になっている。
山本さんが操作したのか、以前にも見た半透明な板が助手席と運転席を繋ぐ部分からせり上がる。
「それでは、伊勢までゆっくりとお過ごしください」
半透明の板が上がりきる前に、山本さんから告げられてしまった。
こちらから行動すること無く、山本さんと運転手さんから隔てられた感じだ。
「前にも思ったけど、やはりこの車は静かですね」
静かになった車内に彼女の声。
声の主を見れば、既に目を瞑り眠りにつくためか体勢を直している。
半透明の板の向こうには、山本さんの手振りが見える。
きっと運転手さんと仲良く話しているのだろう。
窓の外を眺めれば、既に日が落ちようとしている山並みが見えるだけ。
暫くそんな景色を眺めていると、スゥ~スゥ~と寝息が聞こえてきた。