17-11 英会話
目の前で山本さんが散々『すいません』を繰り返した後に通話を切った。
少し頭をたれ、落ち込んだ様子を見せている。
山本さんのそんな姿を見て、少しやりすぎたかなと考えていると、俺のスマホに眼鏡さんから着信が入った。
眼鏡さんは、部下の山本さんの醜態を謝った後に、当初の連絡方法を提案してきた。
「では、改めて『ヤマモト=山本』から連絡させます」
「はい、そうして下さい。私の電話番号を知っていれば、本人であると確認できますので」
そう伝えて、俺が眼鏡さんとの通話を切ると、落ち込んでいる山本さんのスマホが鳴った。
再び山本さんが『すいません』を繰り返した後に、メモ帳を取り出して書き留め始めた。
多分、俺の電話番号を書き留めているのだろう。
山本さんがスマホでの通話を切り、メモ帳を見ながらスマホを操作すると、俺のスマホに着信が入った。
「もしもし、門守りさんの携帯でしょうか?」
「Yes, I am Kadomori.What is your name?」
「センパイ!(笑」
笑顔で彼女に叱られてしまった。
山本さんを見れば、スマホを片手にポカーンとした顔で俺を見ている。
俺はスマホの通話を切り、山本さんに話し掛ける。
「山本さんですね。はじめまして、門守りです」
「はじめまして、秦です。よろしくお願いします」
「はじめまして、山本です。門守りさんと秦さんの伊勢への案内を担当さていただきます」
ようやく三人で挨拶を交わしたことで、山本さんの顔にホッとした様子が見えた。
「それでは、お車まで案内させていただきます」
「その前に、山本さんが書き留めた私の番号を破棄して貰えますか?」
「えっ?」
「スマホの記録は残して良いですが、メモ書きは誰に見られるかわかりませんので破棄をお願いします」
「は、はい!」
そう返事をした山本さんは、慌ててメモ帳のページを切り取った。
だが、切り取ったページをどこに捨てようかとキョロキョロする。
そんな山本さんに俺は手を差し出す。
山本さんは俺の意図を察したのか、切り取ったページを渡してくれた。
渡されたページの表裏を見て、俺の電話番号だけが書かれているのを確認してポケットにしまう。
「スマホでの管理は、よろしくお願いしますね」
「は、はい!」
山本さんが緊張混じりの笑顔を俺と彼女に見せてくれた。
そんな山本さんをよく見れば、黒髪でロングボブと言うのだろうか、彼女よりも髪は長く軽く肩に掛かるぐらい。
背丈は彼女よりも小柄なのだが⋯
女性らしさを表す胸部の発達が素晴らしい。
素晴らし過ぎて、ちょっとスーツが窮屈な感じだ。
そんな感じで山本さんを観察していると、俺の腕に絡ませた彼女の手に力が入った感じがした。
慌てて彼女を見れば、とても冷ややかな視線をしている。
いや、山本さんのそうした部分に興味がある訳じゃなくて⋯
山本さんの髪型とスーツ姿が、隠岐の島でのテレビ会議終了間際に見えた女性に似ていたからだよ。
◆
山本さんを先頭に、車が待っている伊丹空港の送迎スペースへと案内される。
俺と彼女は各々のキャリーバッグをドナドナしていると、彼女に聞かれた。
「センパイ、急な英会話で焦りました」
「ああ、あれと似たことを、バーチャんにやられて思い付いたんだ」
「桂子お婆ちゃんにですか?」
「ああ、急に英語で話し掛けられると、返事を優先して取り繕ったり言い訳が難しいだろ?」
「わかります、わかります」
「あれ?経験あるの?」
「私が東京に来た時に変な外国人に絡まれたんです。英語は自信あったんですけど⋯」
「俺もあるよ。東京って怖いなと思ったよ」
地方出身者あるあるを、彼女と語り合う。
俺と彼女の会話は山本さんにも聞こえてるだろう。
それでも構わずに話を続ける。
「凄いなと思ったのは眼鏡さんだよ」
「眼鏡さん?」
俺が『国の人』な眼鏡さんの名を呼ぶと、前を歩く山本さんがチラリとこちらを見る。
「バーチャんが英語で問い掛けたけど、眼鏡さんは英語で即答したんだよ」
「へぇ~桂子お婆ちゃんも眼鏡さんも英語が堪能なんだぁ~」
彼女の言葉に、前を歩く山本さんが『うんうん』と頷いている感じがする。
「けど、逆もありますよ」
「逆?」
「兄さんとチャンポン食べてたら、外国人が声を掛けてきたんです」
「??」
「兄さんの金髪を見て話し掛けてきたと思うんですが、兄は英語は全くダメなんで⋯」
「ハハハ。じゃあ由美子が助けたの?」
「ええ、あの時の兄の困った顔を思い出すと、今でも笑え⋯あれ?これって逆じゃないですね(笑」
「ハハハ」
ここで思いきって山本さんに声をかけてみた。
「山本さん、先程はすいませんでした」
「いえ、門守さんの番号を忘れた私が悪いんです。本当にすいませんでした」
「メモを取らなかったんですか?」
「先程指摘されたのと同じです。紙などに残すことが禁じられてて⋯直ぐに電話してればスマホに残せたんですね⋯」
そんな会話をしながら足を進め、送迎スペースへ着くと以前に乗った車が待っていた。
車のナンバーで確認すれば、淡路島から大阪へ向かう際に、眼鏡さんが手配した車と同じものだった。
俺たちが車に近づくのに気がついたのか、運転席から制帽と制服を直しながら運転手さんらしき方が降りてきた。
運転手さんの顔を拝見して、以前と同じような気がする。
彼女も運転手さんに気がついたようだ。
「センパイ、同じ運転手さんですよね?」
俺と彼女の荷物をトランクに入れる運転手さんに聞いてみる。
「以前は、お世話になりました」
「今日は急なお願いですいません」
「覚えていただき光栄です。以前は途中まででしたが、本日は伊勢まで運転させていただきます」
どうやら運転手さんも覚えていてくれたようだ。
隣に立つ彼女と顔を見合わせ、思わず笑顔になってしまった。
車内では前回と同じ位置に座る。
今回は助手席が、眼鏡さんではなく山本さんなのが以前と違うだけだ。
「シートベルトの着用をお願いします」
皆が席に着いた所で、運転手さんから声がかかる。
山本さんが少し慌ててシートベルトを着け終わると、再び運転手さんが声を出す。
「それでは伊勢まで3時間程度を予定しております。安全運転でまいりますので車中でおくつろぎください」