17-8 鯉のぼり
『ちゃんぽん』と『やきめし』を食べ終え店の外に出ると、先程より多くのお客さんが並んでいた。
この店は中々繁盛しているようだ。
「美味しかったぁ~!やっぱりこの味です。センパイの口に合いました?」
「美味しかったよ。由美子が言うだけあるね」
彼女と腕を組み、『ちゃんぽん』の味を誉め合いながら、西郷港フェリーターミナル方面へと足を進める。
気が付けば、道行く男性達が俺と彼女に視線を向けているのがわかる。
中には振り返って見てくる奴までいる。
正しくは俺は含まれず、美しい彼女への視線だと思う。
先程までの道程では、すれ違う人たちは殆どいなかったのが、ここに来て増えている。
そのために彼女へ向けられる視線が増えたのだろう。
「センパイ、もう少しブラつきます?」
彼女がニコニコしながら聞いてきた。
俺としては彼女と腕を組んだままで、もう少し散策したい気分だが、先程からスレ違う男性達からの視線が気になるのだ。
何故だかわからないが、周囲の男性達の視線が彼女に集まるのが、スゴく嫌な気分になってきた。
「由美子。人の少ないところ、二人っきりになれるところに行かないか?」
俺がそう言うと、彼女の腕に力が入るのを感じた。
彼女の横顔を見れば、紅潮しているのがわかった。
「センパイ⋯」
「ごめんゴメン、さっきの運転手さんに来て貰おう」
「そ、そうですね。少し早いけど呼びましょう」
彼女が慌ててスマホを取り出し、呼び出しを始めた。
プップップッ
トゥルートゥルー
ハンズフリーにしている彼女のスマホから呼び出し音が聞こえる。
「はい、○X○Xタクシーです」
「⋯もしもし、秦の娘の由美子です」
「ああ、お嬢ですか?」
運転手のおじさんの声がした。
どうやら運転手のおじさんが電話を取ったようだ。
運転手のおじさん、会社に戻って待機していたんですね。
「今はどちらですか?」
「ポートプラザです。お願いできますか?」
「はい。直ぐにお迎えに上がります」
◆
彼女と連れ立ち、隠岐の島で最初にタクシーに乗ったポートプラザの前へと歩いて行く。
すると既に運転手のおじさんがタクシーの脇に立って待っていた。
運転手のおじさんが言っていた『直ぐ』は、本当に直ぐだった。
彼女と二人でタクシーの後部座席に乗り込むと、運転手のおじさんが聞いてくる。
「お嬢、空港に2時の予定でしたよね。1時間ほど早いですが何処かに寄りますか?」
「いいえ、空港ですよね。センパイ?」
「ええ、少し早いですが空港までお願いします」
俺と彼女の返事に応えて、運転手のおじさんがタクシーを発進させた。
車窓から眺める空港までの風景は、来た時のバスとは違う感じがする。
来た時とは逆方向に進んでいるせいだろうか。
それとも、バスの時とは目線の高さが違うからだろうか。
この隠岐の島で、進一さんや剛志さんから多くの事を学び知識が増えたからだろうか。
知識を増やし学びを深めたことで、景色を眺める目線が変わったのだろうか。
俺の目線が変われども、この地に住む方々の営みは変わらない。
隠岐の島で暮らす方々の営みは、例え俺が変わったとしても、何も変わらないのだ。
変わったのは俺だけだな。
いや、変わったと思いたい俺なのか?
彼女の絡めた腕を手繰り手を繋ぐ。
チラリと彼女が俺を見たので、それに笑顔で応える。
タクシーが赤い橋を渡り、緑繁る中を抜けると周囲が開けてきた。
空港周辺の開けた感じを思い出し、そろそろ近づいたんだなと考えていると、運転手のおじさんが問い掛けてきた。
「旦那さん、隠岐の島はどうでした?」
「旦那さん?」
俺は聞きなれない『旦那さん』の言葉に戸惑ってしまった。
「あれ?お嬢の旦那さんだろ?違うのかい?(笑」
「おじさん、私の大切な『旦那様』ですよ(笑」
「そうかそうか。こりゃ失礼しやした(笑」
「ハハハ」
彼女が上手に答えてくれた。
運転手のおじさんから隠岐の島の印象を問われ、少し気になっていたことを問い掛けてみる。
先程の街歩きで思ったことを聞いてみる。
「運転手さん、ちょっと聞いてよいですか?」
「おう、なんだい?」
「隠岐の島では『鯉のぼり』の風習は少ないんですか?」
「ああ、鯉のぼりね。最近は子供が少ないからね」
なるほどと納得できる理由だ。
そんな会話をしていると、タクシーが空港の駐車場へと入って行く。
「はい。到着です。お疲れさまでした」
タクシーが空港ターミナルビルの前に横付けされた。
運転手のおじさんの声に反応してタクシーから降りると、晴れ渡る青空が見える。
空港近辺特有の開けた景色と、晴れ渡る空が素晴らしいほどに合っている。
その開けた景色に流れ行く風は、潮を含みつつ若草の香りが混じった、独特な感じだ。
この地の緑と空の青さ、流れ行く風の香り。
これが俺の隠岐の島の印象なのかも知れない。
「じゃあ、お嬢も旦那様も又来てくださいね」
「「はい」」
俺と彼女はキャリーバッグをドナドナしながら、運転手さんに見送られ空港ターミナルビルへと入っていった。