17-5 サザエ最中
秦家の女性陣&恭平君とはリビングのソファーエリアでお別れした。
京子さんが見送ろうとしたが、彼女と吉江さんが制してソファーエリアでのお別れにして貰った。
京子さんの気持ちもわかるが、むしろ京子さんに何かある方が、俺や彼女、そして吉江さんとしても辛い。
同じ様に恭平君が見送りをしたそうにしたが、これも同じ様に彼女と里依紗さんに制されていた。
彼女としては恭平君と『さよなら』するのが辛いのだろう。
そうした気持ちを里依紗さんも汲んでくれたようだ。
「どうも、お世話になりました」
「「「気を付けてぇ~」」」「✌️」
それでも別れの挨拶は元気に交わした。
今生の別れではない。
多分だが、年内には『結納』で再び訪れるであろう隠岐の島だ。
今、一時の別れと割り切ってリビングエリアを後にする。
高級住宅の玄関から出ると、玄関ポーチから敷地の外へと続くアプローチにタクシーが停まっていた。
俺と彼女が玄関から出てきたのがわかったのか、タクシーのトランクが開き運転手さんが降りてきた。
降りてきた運転手さんに見覚えがある。
この高級住宅まで運んでくれた、俺と彼女の会話にバキバキに割り込んできた運転手さんだ。
「あら、おじさんなの?今日は忙しいんじゃないの?」
「いやいや、お嬢をお送りするのは俺の仕事です。荷物は⋯キャリーバッグですね」
そう言って、運転手さんは手慣れた感じで俺と彼女のキャリーバッグをトランクに入れ、ノートパソコン専用バッグも積み込んだ。
荷物を積み終わった運転手さんがトランクを閉め、後部座席の扉を開けながら聞いてくる。
「お嬢、忘れ物はありませんか?」
「無いです」
「じゃあ、乗ってください」
運転手さんの勧めに従って乗車すると、運転手さんが行き先を確認してきた。
「親父さんからは、空港に届けるまで貸し切りと言われたんだけど⋯」
「空港には13時⋯14時に着ければ間に合います。その前にお土産を買いたいんです」
「あぁ~ それなら俺が案内して良いかな?」
「ええ、お願いできます?」
「じゃあ、まずは⋯サザエだな」
「そうね、おじさん。お願いします」
彼女とそんなやり取りをした後に、運転手さんは車を発進させた。
◆
運転手さんに案内されたのは、こぢんまりとした和菓子店だった。
「そこで待ってますんで、終わったら声をかけてください」
そう告げられ店の前で降ろされた。
彼女と共に和菓子店の店内へと入ると、ショウケースにはサザエを模した最中が並んでいる。
「由美子、これって最中なの?」
「ええ、サザエ最中です」
「なかなか面白いね」
「これなら、鈴木さんや田中君でも手にしてくれそうでしょ?」
「そうだね。ユニークだし良いと思うよ」
彼女とサザエ最中について語っていると、若い女性店員さんが声を掛けてきた。
「本土へのお土産ですか?」
「ええ、これって配送はお願いできます?」
「はい、日本全国どこへでも(ニッコリ☺️」
「じゃあ、この5個入りのを⋯4つお願いします」
「あのぉ⋯お支払はカードですか?」
「ええ、カードがダメなら現金で」
「いえ、配送希望でカードでお支払なら、こちらが便利ですよ」
そう言って女性店員さんが三つ折のパンフレットを出してきた。
彼女がパンフレットを受け取り開く。
脇から覗き見ると、隠岐の島のお土産を扱うネットショップの案内とわかった。
なるほど、店舗で現金で購入して持ち帰らず、カードで購入して配送するのならば通販サイトと同じだ。
今回は、こうして現物を見て確認をした上で、ネットショップで購入の手続きをするのも悪くないと思える。
「スマホでしたら、そのQRコードでサイトに行けます」
「これですね」
彼女は俺にパンフレットを持たせ、バッグからスマホを取り出しQRコードを読み取った。
彼女は無言でスマホを操作し続ける。
「どうします?この場で購入と発送手続きもできますけど⋯」
「⋯」
若い女性店員さんが声を掛けるが、彼女はスマホの操作を止めない。
これは、教えられたネットショップが彼女の心を掴んだのだろう。
「宜しければ、そちらにお掛けになってください」
女性店員さんから店先の縁台を勧められる。
よく見れば、若い女性三人組が外から店内を伺っていた。
慌ててスマホを操作し続ける彼女を連れて店の外に出る。
入れ替わりに若い女性三人組が店内へと入って行く。
「センパイ、どこかでゆっくり選びませんか?」
「???」
それまでスマホを操作していた彼女が急に聞いてきた。
「お店を回ってお土産を買って、配送を頼もうと思いましたがやめました」
「急にどうしたの?」
「買おうと思ってたお土産が、ネットショップで済みそうなんです」
「あぁ、なるほどね」
どうやら彼女は購入予定のお土産を決めていたようだ。
それらのお土産が、女性店員に教えて貰ったネットショップで買えるとわかり、大きく舵を切ったようだ。
「タクシーはどうする?」
「ああ⋯いや、大丈夫です」
彼女はそう言うと、道の向こうに停まっているタクシーへと掛け寄った。
運転席の運転手さんと何かを話すと、彼女が戻ってきた。
そんな彼女の向こう側でタクシーが動き出し、走り去って行く。
おいおい。荷物はトランクに入ったままだぞ。
それに、お客を置いて行くなんて、あり得ないだろ?!
「センパイ、街歩きしましょう♡」
走る去るタクシーに驚いて、前に出た俺に彼女が腕を絡ませてくる。
「おいおい、どうなってるの?荷物は大丈夫なの?」
「貸し切りだから、街歩きが終わる頃に迎えに来て貰います。荷物はそれまで預かって貰えます」
「そ、そうなの?」
「ええ、だから隠岐の街歩きしましょう♡」
笑顔で微笑む彼女の申し出を断る理由は何もなかった。