16-29 天岩戸
里依紗さんと進一さんから、日本の神様の話を聞き続ける。
天皇の継承に関わる『三種の神器』の話や、俺の故郷の淡路島に関わる話などを交えた話が続く。
「死者の国=黄泉の国で変わり果てた妻と別れたイザナギ=伊弉諾尊は、黄泉の国での穢れを落とすんだ」
「その穢れを落とす際に生まれた3つの神様が、『三貴子』と呼ばれてるの」
イザナギ=伊弉諾尊さん。
随分と沢山の神様を生んでますね。
「『三貴子』は別名『三貴神』とも呼ばれている」
「イザナギ=伊弉諾尊が、自らの生んだ諸神の中で最も貴いとしたところから、この名で呼ばれるのよ」
「その神様って⋯もしかして⋯」
「アマテラスオオミカミ=天照大御神、ツクヨミノミコト=月読命、スサノオ=須佐之男命の三神が生み出されたの」
里依紗さんの口から、ようやく俺の記憶にある『アマテラスオオミカミ=天照大御神』が登場した。
そして『スサノオ=須佐之男命』も登場した。
『ツクヨミノミコト=月読命』は記憶に無い神様だ。
「里依紗さんと進一さん、ようやく、アマテラスオオミカミ=天照大御神とスサノオ=須佐之男命が登場して安心しました(笑」
「ククク」「フフフ」
「ハハハ」
俺の言葉に進一さんと里依紗さんが乾いた笑いをする。
釣られた俺も乾いた笑いだ。
「進一さん、そろそろアマノイワト=天岩戸の話で良いかしら?」
「うん。アマテラスオオミカミ=天照大御神もスサノオ=須佐之男命も出てきたから、良いと思うよ?二郎くんは大丈夫かい?」
「ええ、アマノイワト=天岩戸の話に関わる神様が揃った感じですね(笑」
俺が軽口を叩くと、進一さんがニヤリと笑いながらグラスの海草焼酎を飲み干した。
それを見た里依紗さんが席を立ち、新たにグラスを持ってきた。
俺もグラスの焼酎を飲み干す。
3人で改めてグラスを満たし、軽く乾杯の仕草をする。
「さて、二郎くんも知ってると思うが、アマノイワト=天岩戸の話は、スサノオ=須佐之男命が悪さをして、これに怒ったアマテラスオオミカミ=天照大御神がアマノイワト=天岩戸に籠ることから始まるんだ」
「アマテラスオオミカミ=天照大御神は、世の中を照らす神様だから、アマノイワト=天岩戸に籠ったことで世の中が真っ暗になるの」
うんうん。この話は知っている。
「世の中が暗くなって、困った神様が集まって相談するの」
「鶏を鳴かしたりして、アマテラスオオミカミ=天照大御神の気を引いて少しだけ岩戸を開けさせる」
これも俺の知っている話だ。
「二郎さんは、その話の中で登場するのが、ヤタノカガミ=八咫鏡と、ヤサカニノマガタマ=八尺瓊勾玉なのはご存知かしら?」
この話は、俺は知らない。
それでも進一さんは話を続ける。
「外の喧騒が気になったアマテラスオオミカミ=天照大御神は、少しだけ岩戸を開けると⋯」
「スサノオ=須佐之男命が岩戸を抉じ開けるんですよね?」
俺は自分の記憶を頼りに割り込んだ。
「「⋯⋯」」
進一さんと里依紗さんを見れば固まっている。
あれ?違ったかな?
「ち、違うみたいですね⋯割り込んでスンマセン⋯」
的外れな割り込みで恥ずかしい。
「二郎くん、気にしなくて良いよ。日本の神話教育の弊害だから」
「そうね。あなたもそんな間違いをしてましたからね(笑」
里依紗さんが進一さんをからかう。
「岩戸を少し開いたアマテラスオオミカミ=天照大御神に、別の神様が『あなたより貴い神が現れた』と言って、ヤタノカガミ=八咫鏡を見せるの」
「「⋯⋯」」
里依紗さんが神話の続きを語る。
「ヤタノカガミ=八咫鏡に写った自分の姿をもっとよくみようとアマテラスオオミカミ=天照大御神が岩戸をさらに開けると、隠れていた他の神様がその手を取って岩戸の外へ引きずり出したの」
「⋯」
そこまでの里依紗さんの話を聞いて、自分が間違った神話の知識を持っていると痛感した。
俺の知識は小学生時代に読んだ、漫画で描かれた神話の記憶だと思う。
その漫画だけが悪いのではない。
きっと記憶の中で、他の海外の神話と混ざっているのだと思う。
「さて、二郎くん。三種の神器でヤタノカガミ=八咫鏡は登場したね」
「ええ、アマテラスオオミカミ=天照大御神に見せたのが、ヤタノカガミ=八咫鏡ですよね」
「さっきも言ったけれど、この話で三種の神器のヤサカニノマガタマ=八尺瓊勾玉も登場するの」
「そうだ!!勾玉の話が出ていない!」
里依紗さんに告げられ気が付いた。
ヤサカニノマガタマ=八尺瓊勾玉はどうなったんだ?
「ヤサカニノマガタマ=八尺瓊勾玉の出処には諸説あるんだが、いずれの説でも天岩戸を開ける際に、捧げられてるんだよ」
そう告げた進一さんがニヤリと笑う。
その隣で里依紗さんが口角を上げる。
「それって⋯『門』を開くのと同じ⋯」
俺は自分で口にした言葉に、自分で驚いてしまった。