16-27 三種の神器
「二郎さんは、三種の神器をご存知ですか?」
「三種の神器?」
里依紗さんの語りは、俺への質問から始まった。
その質問は、普段の生活には全く縁遠い物だった。
「八咫鏡、草薙剣⋯」
「あっ!里依紗さん。それって、鏡と剣と⋯勾玉の話ですよね?」
「うんうん。二郎くんは、その付近の知識はありそうだね」
「⋯」
質問した里依紗さんから、答えが出ようとするのを俺が遮るように言うと、進一さんが後を押す。
隣に座る彼女は、何も言わずにグラスの海草焼酎を口に含んだ。
「じゃあ、この三種の神器についてだけど⋯」
「義姉さん、ゴメン。私、抜ける」
里依紗さんが語りを続けようとすると、彼女が珍しく不穏な言葉を口にする。
「由美子さんは苦手よね。この手の話(笑」
「ゴメン。本当にダメなの。じゃあ、抜けまぁ~す」
そう言った彼女はグラスを片手に席を立った。
その様子は、今まで俺が彼女に感じたことの無い様子だった。
ソファーエリアに向かう彼女の背を追っていると、進一さんが話し始めた。
「まぁ、仕方ないな」
「ええ、前に由美子さんと話したけど、由美子さんの気持ちもわかるわ」
二人で何の話をしてるの?
進一さんも里依紗さんも、話の途中で離席した彼女を責める様子もない。
「里依紗、その付近の話だが⋯二郎くんには、由美子から聞かせる方が良いと思うよ」
「そうね、二郎さん。由美子さんから聞いてね?」
「へえっ?」
思わず変な返事をしてしまった。
二人の話しぶりと、俺に突然ふられて変な返事をしてしまった。
「二郎くん。由美子が"門"に関わりたくないトラウナ?」
「トラウマですか?(笑」
「フフフ」
里依紗さんも進一さんも、途中で離席した彼女を責めるどころか、心配するぐらいだ。
むしろ、進一さんの言い間違いに里依紗さんが含み笑いを返す。
「ウホン。じゃあ、里依紗。話を戻そう」
「そうね。二郎さん、三種の神器に話を戻すわよ」
「ええ、お願いします」
気を取り直して、里依紗さんの語りを続けてもらう。
「二郎さんは、三種の神器をどのくらい知ってるの?」
「確か⋯天皇の継承に使われるとか?」
「そうだね。2年前に平成から令和に替わる時に天皇継承のニュースに出てたね」
進一さんの言葉がありがたい。
そもそも『三種の神器』なんて言葉、俺がそれに触れたのは、天皇が代替わりするニュースで知ったからだ。
「ええ、そのニュース、覚えています。天皇の代替わりで、天皇を継いだ証で贈られるとか?」
「二郎さんは思い出せる?その時に何が贈られたか?」
里依紗さんの問いかけが続く。
「確か⋯剣と勾玉だったと思います。そうだ、思い出しました。草薙剣と勾玉です」
「鏡は?」
「鏡?」
「天皇の継承では、三種の神器が継がれるの。剣と勾玉が贈られたんでしょ?鏡はどうしたか知ってる?」
「鏡⋯さっき、里依紗さんが口にした、八咫鏡ですよね?」
「そう。何処にあるの?」
俺はいくらか酔った頭で、2年前の記憶を探る。
天皇の代替わりのニュースから、ネットで検索した記憶が甦ってくる。
「あっ!思い出しました。伊勢神宮の御神体ですよね?」
「ククク。正解だ二郎くん」
「じゃあ、次の質問よ。草薙剣を御神体にしている神社は何処でしょうか?」
「草薙剣を御神体?それって⋯熱田神宮だと思いますが?」
「二郎くん、それも正解だ」
「あのニュースを見て気になって、ネットで調べたんです。八咫鏡は伊勢神宮の御神体で、草薙剣が熱田神宮の御神体だと知ったんです」
「ネットで調べたか。なかなか二郎くんは勉強熱心だな」
「ここまでの話で、三種の神器が天皇の継承に使われてるのは、わかるわね?」
「はい。八咫鏡、草薙剣、それに勾玉ですよね」
かなり、思い出してきた。
通勤電車の中で、時間潰しのようにスマホでネット検索したのを思い出す。
「じゃあ、2年前の令和になった時に、天皇の継承に使われたのは、どうして剣と勾玉の2つなの?」
「どうしてって言われても⋯八咫鏡は、伊勢神宮で御神体になってるから⋯」
「それなら、草薙剣も、熱田神宮で御神体になってるわよ?」
「そうそう、それが不思議に思ったんです。さっきも言いましたが、ネットで調べて『形代』だとかまでは⋯」
「やはり、二郎くんは勉強熱心だな。ククク」
里依紗さんが問いかけ、俺がネットで調べた記憶で答え、進一さんが合いの手を入れる。
「『形代』って言うのは、神霊が依り憑く(よりつく)依り代の一種なの」
「ええ、そんな感じですよね」
「偽物ではなく、神が宿るから形代と言う理解で良いわね」
「はい。自分はそう理解しています」
「じゃあ、本物や偽物については意識から外して話しても大丈夫ね」
「ええ、御神体ってそうした物だと理解していますので大丈夫です」
里依紗さんからの話を理解するため、御神体が本物か偽物かは考えない。
むしろ『形代』と言うもので、神が宿っているものだと考える。
2年前にネットで調べた時にも、そのように納得した。
そもそも、御神体が本物か偽物かは問う必要性を感じない。
「少し話を戻すけど、八咫鏡、草薙剣、八尺瓊勾玉、この3つが三種の神器なのは理解できるわね?」
「ええ、鏡と剣と勾玉ですよね」
「これらの形代で、神が宿っている御神体として、伊勢神宮や熱田神宮が祀っているのは理解できる?」
「ええ、理解できます」
里依紗さんの話で、形代を御神体として祀っているのは理解できた。
だが、酔い始めた頭で考えても、少々、疑問が湧いてきた。
『勾玉』の形代を御神体として祀っているのは、何処だ?