16-23 席替え
「センパイ、席替えしませんか?」
「「「お、おう⋯」」」
突然の彼女の掛け声で、3人で変な声を出してしまった。
気が付けば、彼女が俺達の後ろに立ってダイニングテーブルを指差している。
「進一、二郎君。席を替えよう」
剛志さんがダイニングテーブルをチラリと見て、彼女の席替えに同意する。
俺もダイニングテーブルを見る。
ダイニングテーブルには、誰もいなかった。
女性陣と恭平君は夕食を終えて、リビングソファーでのテレビ鑑賞に向けて、家事全般を済まそうとしているのだろう。
「そうですね。進一さん剛志さん、席を変えましょう」
俺も進一さんも、彼女と剛志さんの意見に同意して、ソファーテーブルの上の物を持ち、ダイニングテーブルへ移動した。
ダイニングテーブルには、金属バットに入った餃子が置かれていた。
「兄さん。ご飯にするならコンロに卵スープがあります」
「おお、ありがとうな」
彼女は進一さんに言伝てをしながら、布巾を持って、バタバタとソファーテーブルを拭き上げている。
「里依紗さんと恭平君は?」
「さっき、恭平ちゃん、ご飯を食べながら寝始めちゃったの。可愛かったぁ~」
進一さんの、里依紗さんと恭平君を気遣う言葉に、彼女が答える。
里依紗さんは、恭平君を寝かし付けに行ったんだと理解できる。
「京子さんと吉江さんは?」
「お風呂に行ったよ」
進一さんに続いて、剛志さんの吉江さんと京子さんを気遣う言葉に、彼女はテレビのリモコンを操作しながら答えていた。
◆
ダイニングテーブルに移動を終えて、グラスに酒を満たす。
「じゃあ、飲み直しだ」
剛志さんの音頭で、3人で改めてグラスを掲げて乾杯をする。
「さて、さっきの話の続きで良いかな?」
剛志さんが切り出してきた。
「二郎君、『淡路陵の門』をどうしたい?」
「壊すという手段もあるよ。ククク」
「そうですね。どうしましょう。地震の都度に開いて、その都度、バーチャんに閉じさせたくないですね」
俺が就職した直後の、淡路島での地震を思い出す。
あの時にバーチャんには何もなく無事だったが、後から日記を読んで『門』が開いた記述が残されている。
『門』を閉じる話しは残されていなかったが、きっと、バーチャんは勾玉を使って"門"を閉じたのだと思う。
「じゃあ、進一の言うように壊すか?」
「そうですね、地震で開かないように『門』を壊す手もありますね」
「ククク」
「二郎君は、そこで悩まないかい?」
「悩む?何を悩むんですか?」
剛志さんの言葉に引っ掛かりを感じる。
地震の都度に開いてしまう『門』なんて、壊すのも一つの手段だと俺は思い始めていた。
「二郎くんは、由美子との子供は欲しくないのかい?」
「!!」
『門』から出てきた血筋の者は、『魔石』を使わないと子孫繁栄が出来ない。
それが本当だとすれば、俺と彼女の間には子供が出来ない。
子供を望むには、『魔石』の力を借りる必要がある。
この隠岐の島で進一さんが作る『エルフの魔石』を使えば(詳細な使い方は不明)、女の子に恵まれる。
俺が『魔石』に『魔素』を充填して『勇者の魔石』にすれば、男の子に恵まれる。
だが、『門』を壊したら『魔石』が手に入らない。
何だよこれ?!
何かの罰ゲームか!!
リビングソファーに目をやれば、楽しそうにテレビを見ている彼女の後ろ姿が見える。
彼女と一緒になっても、自分達の子供は『魔石』を使わないと恵まれない。
更に踏み込んで考えれば、例え子供が出来ても、その子供が結婚して子供を欲しがっても⋯
『魔石』がないと子供が生まれない
罰ゲームレベルの話ではない。
これは、もう、呪縛だ。
いや、『門』の呪いだ。
「そうか⋯そもそも、自分は当代じゃないです。『門』をどうこうできる立場じゃ無いですね」
「進一、子供をどうするかは由美子と二郎君が考えることだろ?」
「父さんそうだね。二郎くん、すまん、出過ぎた話をしたね」
「いえいえ、由美子とよく話します」
「「うんうん」」
心なしか、進一さんも剛志さんも、ニヤついてる気がする。
「さて、次を焼かないか?」
「じゃあ、二郎くん。頼むよ」
「はい」
剛志さんの提案を受けて、俺は再びホットプレートに餃子を並べて水を入れ、蓋をすると魔法円に『魔素』を流して餃子を焼き始めた。
蒸気穴から蒸気が出るのを見ながら、進一さんに改めて目をやる。
金髪イケメンな進一さん、そのはだけた胸元。
大学時代に知り合った赤メガネのBLな彼女に見せられた漫画を思い出す。
赤メガネの彼女が進一さんを見つけたら、変な意味で悶えそうだと、心の中でニヤついてしまう。
そんな進一さんの胸元に、黒い紐が見える。
あれ?あんなの着けてたかな?
「進一さん、それって『魔石』ですか?」
「ああ、これ?」
そう言って進一さんは胸元の紐を手繰る。
その紐の先には黒い小さなものが⋯
「ほう、面白いデザインだな」
「里依紗がデザインした新作の一つだよ」
進一さんが首からそれを外すと、剛志さんが手を伸ばして受けとる。
剛志さんの手元を見ると、勾玉が乗っていた。
「勾玉!」
「ククク。洒落てるだろ?」
剛志さんが俺に渡してくる。
それをよく見れば、黒い勾玉の中に銀色の光が見える。
これって、『隠岐の島の門』の『鍵』である黒曜石でできた勾玉なのか?
「『鍵』ですか?」
「ハッハッハ。違うな」
剛志さんが、あっさり否定してきた。
そうか、剛志さんは現物を見てるんだよな⋯
「ククク。二郎くんは、『隠岐の島の門』の勾玉を見たいかい?」
「おいおい、それは⋯」
剛志さんの否定気味な声を出す。
まあ、『門』を開け閉めする『鍵』なのだ。
むやみやたらと他者にお披露目するものではない。
それでも、見れるものなら見てみたい。
「ええ、見せてください!」
俺は、思わず乗り出して進一さんに迫ってみた。
「古いやつの写真なら良いよ」
進一さんが了解してくれた。
けれども、『古いやつ』って何だ?