16-15 マリオCAP
メガネ執事さんは進一さんのお茶への誘いを断り、ロードバイクに股がり去って行った。
俺は進一さんとメガネ執事さんのやり取りに割り込めず、盗聴器の礼も言えなかった。
それでもメガネ執事さんの去り際に、
「いろいろと、ありがとうございます」
そう投げた俺の言葉に、サングラスの下の口許が微笑んでくれたので、俺の気持ちが伝わったと思いたい。
進一さんと並んでメガネ執事さんを見送り、その姿が見えなくなったときに、進一さんが座るように誘ってきた。
「二郎くん、いいかな?」
進一さんと二人でテラステーブルの椅子に座る。
「二郎くんは、明日の飛行機だよね?」
「ええ、その予定です」
進一さんがピンクのバケツを手元に引き寄せる。
「この『魔石』、暫く借りれないか?」
「ええ、問題ないです」
「よし。正徳さんに伝えるよ」
「ええ、どうぞどうぞ」
俺の返事に応えて、直ぐに進一さんがスマホで通話を始めた。
名が出た『正徳さん』に電話しているのだろう。
時折、ピンクのバケツの中を覗き込んでいる。
その様子から、俺が作った『勇者の魔石』について話をしているのがわかる。
しばし話した進一さんが通話を切った。
「賢次さんと正徳さんが取りに来るそうだ。安心して長くは借りないし、使わないから。ククク」
「進一さん、それは心配してないです。それより少し聞いて良いですか?」
俺は『魔石』よりも進一さんに聞きたいことがあった。
「ああ、良いよ」
「あの、今の男性って⋯」
「ククク。アマツカさんだよね?」
「よく来るんですか?」
「待った。質問はそれだけかい?」
「えっ?」
俺は進一さんの切り返しに固まる。
「ククク。よく来るんですか?いつから来てるんですか?何をしに来るんですか?ククク」
「あっ、そ、その⋯」
「この後、二郎くんは何個の質問を重ねるんだろう?どこまで質問を重ねるんだろう?」
「⋯」
進一さんの言葉に何も返せない。
「二郎くんは、アマツカさんの正体を調べたいのかな?ククク」
「ハハハ」
俺は乾いた笑いしか返せなかった。
そんな俺に、進一さんが話題を変えてきた。
「それにしても『勇者の魔石』が3個とは驚きだよ」
「ええ、由美子には随分と助けられました(笑」
俺は、先程のメガネ執事さんに関わる質問を誤魔化すように、冗談を交えて返してしまう。
「ククク。あまり無理させないでくれよ」
「すいません。なんか、こう、もう少しで感じが掴めそうだったんっで、つい⋯」
「ククク。覚えたてはそうかもな(笑」
進一さん。
似たようなことを里依紗さんも言いましたよ。
ガラリ
テラスに続くガラス戸が開き、恭平君が姿を見せた。
「パパにあう?」
恭平君。マリオCAPが似合うぞ!
「おお~似合うぞ~。どうしたんだこれ?」
「おねえちゃんのおみやげ~(✌️」
ポーズを決めた恭平君は再び屋内に引っ込んだ。
確かに似合っていた。
ガラス戸越しに屋内を見れば、段ボールを開いてお土産を囲む皆が見える。
進一さんとの話を続けようと椅子に座り直すと、庭の向こうから男性二人が走ってくるのが見えた。
「おーい」
よく見れば、賢次さんと正徳さんだ。
二人はそのまま、進一さんと並んで座るテラステーブルに向かってくる。
ハアハア
ゼエゼエ
二人は息を切らしながら、テラステーブルに手を着き話し掛けてくる。
「ぜ、全部で、さ、3個ですか⋯ハアハア」
「まさ、正徳、そ、そんなに慌てるな⋯ゼエゼエ」
そんな二人に、進一さんが空いてるテラスベンチに座るように勧める。
「まあまあ、座ってください」
「正徳が3個と言って駆け出して、思わず追いかけてしまったよ⋯ゼエゼエ」
「いやいや、3個も見れるなんて滅多にないことだろ⋯ハアハア」
正徳さんと賢次さんの乱れた息が落ち着くのを待ち、進一さんがピンクのバケツを二人の前に差し出した。
「これです」
俺も差し出されたピンクのバケツを覗き込むと、『勇者の魔石』は入っているが、全てが光輝く『魔石』が見当たらない。
あれ?どこにあるんだ?
「みごとな物だな」
賢次さんが『魔石』を一つ取り出し、自分の手に乗せて見入っている。
「進一さん⋯いや門守くん、これは素晴らしい!」
正徳さんも同じ様に『魔石』を手に乗せて見入っている。
「門守くん、これ、借りれるんだよね?」
正徳さんが『勇者の魔石』を片手に迫ってくる。
「ええ、どうぞ調べてください」
「ああ、じっくり調べるさ!」
正徳さん、顔が近いです。
「門守君、今度は売るんだろ?」
正徳さんと入れ替わりで、賢次さんも『勇者の魔石』を片手に迫ってくる。
「それは、今のところないです」
賢次さん、残念そうな顔をしないで。
入れ替わり迫る二人に、進一さんが声を掛ける。
「さて、もう一つ面白いのがあるんだ」
そう言って進一さんが手を開くと、全てが光輝く『魔石』が現れた。
「進一さん、これって⋯」
「こ、これは⋯もしかして?!」
正徳さんと賢次さん、二人の視線は進一さんの手にする全てが光輝く『魔石』に釘付けだ。
「門守くん、こ、これも貸してくれ!」
「は、はい。良いですよ」
俺は、正徳さんへ快く答える。
「門守君、こ、これはとんでもないものだ!やったな!よくやった!」
賢次さん。
バシバシ肩を叩かないで。痛いから。
「悪いが、これは僕が暫く預かろうと思う。いいね二郎くん」
そう言って進一さんは、全てが光輝く『魔石』を直ぐにポケットにしまった。
「「あ、あぁ⋯」」
賢次さんと正徳さんが進一さんのポケットを見詰めながら嘆く。
「まあ、仕方ないな⋯」
「賢次さん後でじっくり見せて貰おう」
賢次さんが諦め、正徳さんは後に期待する言葉を残す。
「じゃあ、門守くんと進一さん。こっちは借りるね」
そう言うが早いか、正徳さんはピンクのバケツに『勇者の魔石』を入れながら立ち上がる。
「待て、俺も行く!」
そう言った賢次さんもピンクのバケツに『勇者の魔石』を放り込む。
二人はテラスベンチから立ち上がって、庭の外に向かって何かを話ながら歩いて行く。
賢次さんと正徳さんが去ったテラスには、静けさが戻る。
そんなテラステーブルに、俺と進一さんの二人が残された。