16-9 仕組み
ツボを押され笑い転げる彼女を放置し、左手の中の『魔石』をピンクのバケツに入れる。
空いた両掌をじっと見て、少し考えてみる。
メガネ執事さんは、俺に言った。
〉二郎さん、まずは信じる事です
俺は今まで『信じて』いなかったのだろうか?
ことの始まりは、この有給休暇取得から始まった。
いや、正確には有給休暇を取得する前だ。
『お爺さんの勾玉』が宅配便で届いた時から始まったんだ。
あれ?有給休暇を取得して、アパートに戻って宅配便を受け取ったから、有給休暇を取得してからか?
けど、バーチャんは俺の有給休暇取得前に、宅配便を発送している筈だから有給休暇の取得前か⋯
俺は何を考えてるんだ。
有給休暇取得の、前か後か何て、どうでも良いじゃないか。
俺は『門』に関わる話を、信じていないのだろうか?
今まで幾多の方々から、幾多の話を聞いてきた。
今まで幾多の事を学んで来た筈だ。
それらの話を、信じていなかったのだろうか?
「センパイ。大丈夫ですか?」
笑いのツボを抜け出した彼女が、心配そうに声を掛けてきた。
掌をじっと見ていたら、心配されるのも当たり前だな。
「由美子こそ大丈夫?セバスチャンとかメガネ執事から抜け出した?(笑」
「プププ⋯多分、大丈夫です。プププ」
それ、大丈夫じゃないだろ。
俺の知識では、女性の口にする『多分、大丈夫です』=「かなり厳しいです」だ。
「笑ってても良いけど、俺が『魔力切れ』で倒れないようにサポートを頼むね」
「はい、任せてください!」
「さて、何からやるか?由美子は何から始めるのが良いと思う?」
「そうですね⋯まずは、火を着けてみます?」
彼女はそう言って、空き缶の上に乗せられた炭を指差す。
「そうだね、この『魔石』を使って、炭に火を着けてみよう」
「センパイ、まずは自分にも出来ると信じましょう。私もそれが最初でしたから」
「なるほど。由美子の言うとおりだね。進一さんが出来たんだ。俺にも出来ると信じよう」
「はい。センパイを全力で応援します♥️」
「メガネ執事のセバスチャン」
「プププ(笑」
やはり、彼女は笑いのツボからは、完全に抜けていないようだ。
◆
ピンクのバケツから『魔石』を一つ取り出す。
『魔石』の様子を確かめれば、相変わらずギラリギラリと俺を睨んでくる。
そんな『魔石』を左手に握りしめ、右手は空き缶の上の炭にかざす。
心の中で強く意識する。
『魔石』から『魔素』を取り出し『魔法』に変えて炭に火を着ける。
深呼吸をしながらもう一度。
すぅ~ はぁ~
『魔石』から『魔素』を取り出し『魔法』に変えて炭に火を着ける。
気合いを込めて息を止め強く念じる。
気合いを込めて息を止め、やりたいことを強く意識する。
そんなことを繰り返すこと数回。
やはり、空き缶の上の炭に火は着かない。
試しに右手と左手を入れ替えて試してみたが、結局、炭に火は着かない。
変化が見られない炭に、試しに手をかざしてみるが、熱くなっている様子もない。
試しに炭を持ち上げてみると、指先が汚れるだけだ。
テラステーブルに戻り、『魔石』をピンクのバケツに戻し、椅子に座って待機する彼女に声を掛ける。
「ダメだね。火は着かない。何がダメなんだろう」
「センパイ、何を意識してやってます?」
彼女から、確認のような問いかけを返されてしまった。
「『魔石』から『魔素』を取り出し『魔法』に変えて炭に火を着ける。かな?」
「センスが無い⋯」
はいはい。俺にセンスを求めないでください。
彼女に断言されたので、思わず切り返してしまう。
「センスが無い⋯セバスチャンじゃない?(笑」
「プププ。も、もっと真面目に考えてください!」
「ゴメンごめん。何が足りないのかな?」
「そう言えば兄さんが言ってたのは⋯もっと仕組みを考えろだったかな?」
「仕組み?」
「ええ、前に兄さんが水からお湯を沸かしたことがあって、なぜお湯が沸くのか仕組みを考えれば、由美子にも出来るって言われました」
「由美子は出来たの?」
「てへぺろ」
笑顔がかわいいけど、『てへぺろ』って何ですか?
「お湯を沸かす仕組みか⋯」
「センパイ、わかります?」
その時、俺はある考えが閃いた。
「ゴメン、由美子。水を頼んで良い?」
「はい。持ってきます!」
彼女は言葉と共に、椅子から立ち上がりテラスから屋内へと入って行った。
俺は持ってきたスマホを駆使して、お湯が沸く仕組み、そして沸騰の原理を調べる。
炭に火が着く仕組みは⋯詳しく知らない。
けれども水の温度が上がる仕組みは、水の分子が活発に運動すると水の温度が上がると、理科の授業で学んだ。
その詳細を調べて仕組みを学び、そのとおりに成るように、『魔石』を使って強く願えば良い。
「はい、センパイ。お水です」
「おお、ありがとう」
彼女が両手で渡してきたのは、昨夜、寝る前に貰ったのと同じ、500mlのペットボトルが2本だった。